宝塚出身の人が、その後アニメや洋画の声優さんをするのって嬉しいですか。びみょうですか・・・?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

みなさま回答ありがとうございます。 今声優業界は良くも悪くも飽和状態ですしね・・・。

お礼日時:10/26 21:28

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どう感じるか、うれしいか等は、人それぞれなので、 ノーコメントなんですが、 宝塚などの、ミュージカルの人や、舞台役者の人なら、 ごくフツーに、声優のほうにも変われます。 以前なら特に、「 同じ世界の人たち 」だから、 変わってきても、当たり前ですし。 昭和の頃なら特に、声優さんは、舞台役者さんだった人が多いし。 宝塚で活動した後、関西でバイト等もしながらかなと思いましたが、 青二塾大阪校に通われて、青二の新人声優さんという人も、 2000年代以降の、近年にいたことがあったし。 (ある年の新人さんの、以前の経歴に出てた) 少し前までの、吉祥寺に 青二塾東京校があった頃、 (少し前の年に、西麻布に移転し、講師陣も変わりました) 青二塾の伝統の、日舞の講師の先生は、 朝丘雪路さんが先生でした。元 宝塚の人でしたね。 歌の仕事のある役者さんとしても、実力のある人たちだから、 ミュージカルなどの経験は、具合がいいと考えられます。 青二塾が養成所で始まったのは、1980年代に入ってからですが、 それ以前の新人声優さんは、舞台役者などから兼業されてます。 野沢那智さんの若い頃 (1960年代) が、まさにそんな感じ。 日本で最も古い、声優系の事務所は、 東京俳優生活協同組合 (俳協) ですが、 現在でも、舞台役者系と、声優関係と、2つの部門です。 1969年(昭和44年)に、俳協から、青二が分かれて設立で、 ここからは、声優専門の事務所も作られたりしていて、 1979年(昭和54年)に、バオバブ が 青二から分かれています。 ちょうど、この時に、若手声優さんを育てた所の1つが、 野沢那智さんの主宰されていた、劇団「薔薇座」でしょう。 故 鈴置洋孝さんや、戸田恵子さんが、薔薇座にいたわけです。 そして、1979年に、「機動戦士ガンダム」に出演されてます。 戸田恵子さんは、子役の後に、歌手デビューもされてるし、 いろいろできる人ですね。 現在も、声優さんの客演が多い、劇団「岸野組」は、 岸野幸正さんの劇団ですが、この方も、薔薇座にいた声優さんです。 岸野幸正さんと、戸田恵子さんで、岸野組の2枚看板みたいに、 20年くらい前の頃、いくつかの舞台公演もありました。 (ミュージカルふうの、歌もある舞台作品だったりとか) 野沢那智さんも、そういう舞台も昔に手掛けたかもしれません。 鈴置洋孝さんも、1990年代から 2000年代に亡くなられる頃まで、 麻生美代子さんと一緒に、「 鈴置洋孝プロデュース 」という、 舞台公演をいろいろ、やられていました。 より良い、声優さんが出演される作品のために、 良い人材を育てる方面からは、どんどん新人さんを迎えるほうが いいという、歴史の証明みたいなものだと思いますよ。 歌の仕事のできる、若手声優さんの人材や志望者は少ないので、 それができる人は、新人の頃から抜擢されやすく、強いです。 これが分かってないから、声優志望しても、なれない人が多いと、 指摘したほうがいいくらいですが。

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宝塚出身で声優に転向した人って 例が少ないですよね。 転向して私の好きなアニメに 見事に出ちゃった人もいますが。