昔嫌なことを言われた人のインスタやTwitterって見ない方が良いでしょうか?

昔嫌なことを言われた人のインスタやTwitterって見ない方が良いでしょうか?

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こんにちは。「tyran」です。 嫌なものは嫌なもの。 好きなものは好きなもの。 無理して「嫌なもの」に触れる必要はありません。 「Twitter」も、見たくないものは見ないほうが良いです。 私自身、人間の「不幸の原因」は「善悪の審判:ジャッジ」にあると思っております。物事の「善し悪し」を審判:ジャッジすることは、自分の道を狭くするもので、知らずと「不運・不幸」に突入してしまったりするものです。 例えば、誰かから「いじめ」に遭い心理的に「傷」を受けたとします。 この「心の傷」が最初の被害で、その後「恨み・憎しみ」の負の感情から眠れなくなり「不眠症」「対人恐怖症」「うつ」になったりして、二重被害になります! 真面目な人ほど「いじめ」に遭い「被害者」になり、さらに、その後の「人生」にまで悪影響を及ぼすわけです。だから「真面目な人」ほど、可哀想です! 一方「いじめ」を行ってる側には「罪悪感・自己否定」も無く、「善悪の審判:ジャッジ」もしないので「不眠」に悩むことなく、良く眠れている。さらに「善悪の審判」を行わない分、「幸運・幸福」のチャンスが多く訪れる。 これが「いじめ」を行った連中が、結構、裕福に「幸福に暮らしている」理由なのです! だから「いじめ」に遭われた方々も、「心の傷」を癒しつつ、「善悪の審判」を行わなくなれば、誰であれ「幸運・幸福」になれるのです! 「恨み・憎しみ」は落とし穴。 つまり、「過去」に「いじめ」に遭い、そこから二重被害になられた方々は「審判の落とし穴」にはめられてる状態で、是非、そこのところを気付いていただいて「審判しない生き方」をされていただきたいと思います。 これは「仏教」の「中道の意識」です。 「瞑想法」の「マインドフルネス」に値するもので、あるがままに物事の事象を受け入観想し、あるがままの自分を見つめて、一切の「自己批判・自己否定」を行わず、「善悪の審判:ジャッジ」を行いません。 「心」は宇宙の中心に置かれて、揺るぐことなく不安も恐怖もありません! 夜には「熟睡」出来て、昼には「勘が働く」ようになり、仕事の「ミス」も少なくなります。「Neutral(ニュートラル)」という言葉がありますが、意味的に「中立・中間」「どちらにも片寄らない」という意味で、「中道」に意味が似ております。 「Twitter」も、見たくないものを見て読んでしまうと「心の傷」が思い出されますので、見ない方が良いです。勿論「既読しても何とも思わない」のであれば別に構わないと思います。 以上です。 ありがとうございました。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました

お礼日時:10/31 6:30

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私だったらフォローせずに 投稿内容見ますね....制限かけられてないんだったら本人にバレないように盗み見ますw