日本史に関する質問です。 江戸時代の一般町民は、税金を払っていたのでしょうか。 例えば、大工さんとか 天秤棒を担いだ行商人の場合です。

日本史に関する質問です。 江戸時代の一般町民は、税金を払っていたのでしょうか。 例えば、大工さんとか 天秤棒を担いだ行商人の場合です。 どなたか、教えてください。

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ベストアンサー

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戦国時代に発生した城下町は、殆どが“地子(じし:宅地にかかる税)”や営業税を免除して、商人や手工業者を来住させて町作りをおこなっています。 さて町に住む武士以外の一般人を、町人と言いますよね。 ところが、町人には2種類あるンです。 “土地”を持つ町人(厳密には、土地持ち町人と言います)を幕府は“町人”とよび、この人たちが実は本来、税を負担する人たちなんです。 そして彼らは土地にかかる“地子”は免除されていますが、“都市生活に関わる費用(今で言えば、市民税とか町民税)”は、“町入り用”という名目で彼らが払います。 江戸のそう言った町人は、わずかに2割程度です。 2割の人間で、100万人都市の都市生活整備費(上水道維持費・どぶさらい他)を負担するのですから、メチャクチャ重い負担で、時につけて奉行所に減額を訴えています(^o^) そこで“大工さんとか 天秤棒を担いだ行商人”の場合ですよね。 大工さんでも、土地を持って住んでいる様な棟梁(大工の元締め)は別です。 一般の大工さんとか行商人の場合は、“借りた長屋”に住んでいますので、“地子も町入り用”などの税金とは、全く無関係な暮らしをしていました。 こんなんでどうですか(^^)/

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

いろいろ教えていただきありがとうございます。

お礼日時:10/31 8:06

その他の回答(4件)

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下記の税金を払っていましたが金額は微々たるもので 現代人の税金よりも遙かに低額でした。町人は全人口 の5%程度に過ぎず、収入を把握することも困難だった ためです。収入が把握しやすく、税をとりやすい農民 が主要財源だっていたのです。 1.公役 本来は幕府のために働く人足を出させるために町人 に課した夫役でしたが、後に銀納化されます。 居住する家屋の広さを単位として課税され、長屋など の店子の分は家賃に含まれ、大家が支払いました。 2.国役 幕府のために職人を出させるものでしたが、時代と共に やはり銀納化され、職人の棟梁がまとめて払いました。 3.町入用 江戸時代の町内自のための税金で、現代の地方税に相当します。 自身番、木戸番、町火消などの人件費、町内道路工事や雑用 などの自治費用を賄っていました。これは幕府ではなく町名主に 納められました。

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払いません。払う余力もないでしょう。 税金の代わりに無償の勤労奉仕が必要です。 例えば井戸掃除などです。

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雑誌「歴史の旅」シリーズで江戸時代を特集した号で、「江戸の町人は税金が無かった」と書かれていました。筆者はうらやましいと言ってましたね。

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