日本は満州国の建国をリットン調査団に侵略であると判断されましたが 日本のどのような点が侵略だったのですか?
日本は満州国の建国をリットン調査団に侵略であると判断されましたが 日本のどのような点が侵略だったのですか? また、侵略の定義も教えてください!
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>日本は満州国の建国をリットン調査団に侵略であると判断されましたが リットン調査団の報告書は、中国側の主張と日本側の主張の「間」をとった、みたいな内容で、『日本の行動は侵略である』と言う表現はしていないのですが、 ・日本軍の行動は自衛とは言い難い ・”満州国”は、現地住民の自発的な独立運動の結果ではない と言う主旨の事は言っています。(御興味があれば、報告書の日本語の全訳が国立国会図書館デジタルコレクションで読めます。↓) https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1445164 これは、婉曲ながらも『日本軍が”満州国”を作った』という事を言っている事になるので… 国際連盟規約第十条 「聯盟国ハ聯盟各国ノ領土保全及現在ノ政治的独立ヲ尊重シ且外部ノ侵略ニ対シ之ヲ擁護スルコトヲ約ス」 不戦条約第二条 「締約國ハ相互間ニ起ルコトアルヘキ一切ノ紛爭又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハス平和的手段ニ依ルノ外之カ處理又ハ解決ヲ求メサルコトヲ約ス」 九カ国条約第一條 「支那國以外ノ締約國ハ左ノ通約定ス (一)支那ノ主權、獨立竝其ノ領土的及行政的保全ヲ尊重スルコト (以下略) に日本は違反した、と言う事になります。 日本は”満州”が清(その後継である中華民国)の領土である事を認めていたからこそ、関東州を清(その後中華民国)との合意の下に租借していたのですから、中華民国の領土じゃない、なんて口が裂けても言えません。(でないと、関東州自体が”不法な占拠=侵略”になっちゃいますからね…。 だから、(本音や実態はともかくも)『満州国は現地住民の自発的な独立運動の結果である』と言い張るしかなかった訳です。 満州事変勃発直後の日本政府は、せいぜい「張作霖政権」の様な地方政権の樹立までしか考えていなかったので、関東軍が自作自演で満鉄を爆破した柳条湖事件の5日後に日本政府が国際連盟理事会に送った電報が、政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所の『データベース「世界と日本」』の『戦前日本政治外交文書(1945年8月14日以前)』の中の↓のページで読めますが… http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/pw/19310923.O1J.html その電報の中の、 ~~ 一、理事會議長通吿ノ第一點ニ關シテハ事變發生當初ヨリ我軍隊ハ其ノ行動ヲ居留民ノ安全、鐵道ノ保護及軍隊自體ノ安固ニ限局シ居リ又政府トシテモ終始事態ノ惡化擴大ヲ防ク方針ヲ固ク持シ居ルト共ニ日支兩國間ニ於ケル交涉ニ依リ本件ノ平和的解決ヲ一日モ速ニセンコトヲ專念シ居リ今後モ此ノ方針ヲ變更スル意思毫末モナシ ~~ は、『日本の軍事行動は在留日本人・満鉄・日本軍の安全の為のものに限られる』&『問題を中国との平和的交渉で解決する方針はこれっぽっちもない』って意味です。 ~~ 二、尙通吿第二點ニ就テハ日本軍隊ハ現在概ネ鐵道附屬地內ニ復歸シ居リ鐵道附屬地外トシテハ警戒ノ必要上吉林並奉天 內ニ多少ノ部隊又數箇地點ニ若干兵員ヲ止メ居ルモ右ハ何レモ軍事占領ニハアラス卽チ右ハ在留邦人ノ安全及鐵道保護ノ必要範圍內ノ最大限度ニ迄撤退シ居ルモノニシテ事態今後ノ改善ニ伴ヒ更ニ能フ限リ鐵道附屬地內ニ復歸セシムル方針ナルヲ以テ右日本政府ノ誠意アル態度ヲ信賴アリタシ ~~ は、『既に日本軍は概ね満鉄附属地に戻っているし、残りも事態が鎮静化するにつれ戻す方針だから、日本の誠意を信じてくれ』って意味ですね。 国際連盟規約や不戦条約や九か国条約には違反していない、という為には、日本軍の行動はあくまで緊急避難的自衛の範囲内にとどめ、どまっている、問題は日中間の外交交渉で解決する、そうしないとダメでした。 ところが、事実としては関東軍が現地で既成事実をどんどん積み上げていって、それを政府は止め損ない、むしろ積極的に承認する方針を取る様になった時点の政府が1932年3月12日に閣議決定した「満蒙問題処理方針要綱」(国立公文書館アジア歴史資料センターレファレンスコードB04120031600の14/96画像)には、 ~~ 六、以上各般ノ施措實行ニ當リテハ努メテ國際法乃至國際條約抵觸ヲ避ケ就中滿蒙政権問題ニ關スル施措ハ九國條約等ノ關係上出來得ル限リ新國家側ノ自主的發意ニ基クカ如キ形式ニ依ルヲ可トス ~~ とあります。この要綱の上記「六」より前では、ああだこうだと“満州国”をどうするか日本政府で決めておきながら、国際法や国際条約に抵触するのをさける為に、特に九カ国条約との関係上、出来る限り「新国家の自主的発意」に基く《かのような》形式に見せたほうが良い、って意味ですね。つまり、実態が国際法・国際条約に違反している事を政府自身が認識していたからこそ、体裁上は“満州国が自分で考えてやる”様な形をとろうとした、って事です。 つまり、『”満州国”は日本が作ったのじゃなく、現地住民が作ったのだ』って事に意地でも言い張る事は、日本が国際法違反にならない為には、必要だった、って事です。 侵略の定義が何か?、と言ったら、第一次世界大戦後の『戦争の禁止』という原則の中で、例外的に認められる、緊急避難的な必要最低限の軍事行動ではない=自衛じゃない、って事でしょうね。(但し、既に申し上げた通り、リットン調査団の報告書は「日本が満州を侵略した」という言い方はしていませんが…)
質問者からのお礼コメント
ありがとうございます! とても分かりやすいです!!
お礼日時:2020/11/4 23:54