天国に行きたいから善行に励むって、ただの煩悩とエゴイズムじゃないですか?

宗教 | 哲学、倫理80閲覧

1人が共感しています

ベストアンサー

1

1人がナイス!しています

その他の回答(18件)

1

それでも生きている80年くらい 誰も知られない苦行と奉仕が出来ますか?

1人がナイス!しています

0

天国に行くためには 神が求めることを知り、それを生活に当てはめ、 その状態を死ぬまで保つ必要があります。 そして、その人生には多くの苦しみが伴うでしょう。 それはエゴイズムで達成できることではありません。 その願いが義なものであることは その生き方が証明するでしょう。 でも、天への招待はもうほぼ締め切られました。 天へは行けなくても 地上で永遠に生きることができます。 天へ招待される人たちは少数ですが、 本来の、人類一般の希望は 地上で永遠に生きることです。 既に死んだ人たちは 地上へ再創造されます。

0

利他行為って突き詰めると利己行為との違いはなくなりますからね。 実際に実現可能か否かが曖昧な天国行きが善行に励む理由になるのなら、それを「ただの煩悩とエゴイズム」とネガティブに解釈する必要は全くないように思います。 天国に行けないなら善行をやめるというのであれば話は別ですが、本気で天国に行けると信じて善行を行っている人はそれほど多くはないんじゃないでしょうか。 見返りのない善行を継続するだけの気力を持てない時に「だったらいいな」と天国を想像することで気力を取り戻す人がほとんどだと思います。 その上、根っからの悪人が騙されて善行に励んでくれたら言うことなしですよね。 そもそも「煩悩とエゴイズム」自体が悪いわけじゃなく、それらが相互扶助を妨げるのが問題なだけですから、善行という結果が出ているのであれば「煩悩とエゴイズム」が排除される理由は特にないかと思います。

0

確かに不純な気はするね。 やっぱ何処かから湧き上がってくる衝動で善行したいもんだね。 理想としては。