文化大革命の評価を、西側の民や現在の中国政権の目で見ると誤ります。
リアルタイムで見ていたものとしては、社会主義の永続革命の一環であり、生産力や知識の量より、指導者への忠実さが高く評価されたのは、不思議でも何でもない。
学生だって教養や知識の詰込みより、早く革命の一線に出たかったのです。
文革が学生や高校生に呼び掛けた、毛の実権派への権力闘争だったとは一面的な観点で、周恩来が司る政府機関は中立で、学生らを支援した。
本来は中立のはずの軍と秘密警察、これが余計な波を建てから、何百万人も死ぬ内戦に発展するのだ。それと紅衛兵内の内ゲバ。大方は、親が実権派の学生たちが「毛沢東主義の旗を立てて、毛主席に反対する」方針をだしたから。
とにかく百花斉放百花繚乱状態になったから 学生たちを農村へ下放したのでそうでないと、このベビーブーマーが失業禍を引き起こしたろう。学校で勉強していないのだから。
紅衛兵たちにとっては、腕章や毛沢東語録を持っているだけで、鉄道に乗って他都市へ交流にでかけ、政府が提供するただ飯を食えたのだから、楽しいピクニックだった。
文革までは家や学校で「年長者だ」と威張っている旧世代を、「儒教の旧弊を除去せよ、造叛有理」という毛主席の後ろ盾で、革命の大義のもとにやっつけられたのだから 楽しい時代であったには違いない。
苦しい勉強をしなくても討論や弁術、デモで学校の時代を卒業できて、社会主義国だから政府がどこかの「単位」に所属させてくれるか「下放の栄誉」を受けることになる。
この数年後、突如として沸き起こった日本の高校「学園闘争」はたぶんに紅衛兵の影響を受けていました。