ライトなオタクに対して、マウントを取る人に関する質問です。 なぜマウントを取るのでしょうか。その理由を知りたいです。

アニメ、コミック | ゲーム135閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">100

ベストアンサー

0

回答ありがとうございます。 数種類のパターンに分けての説明、痛み入ります。 文章化しにくいのですが、説明を受けて、すごく感じ入りました。 腑に落ちました。 「素敵なものなのに、そんな雑な態度で挑むのか」と「自己肯定感の低さ」が掛け合わされた先にマウンテイングが起きる・・・勉強になりました。 勿論素人側の軽率な態度や、「ガチでやりたいから自分抜けてくれへん?」というシチュエーションも、忘れてはならない事です。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さま回答ありがとうございました。 とても勉強になりました。 自身の言動を慎み、ハードユーザーのサロンでは、基本ROMで行きます。

お礼日時:2020/11/27 9:12

その他の回答(6件)

0

この疑問への最も有効な反論は「ヘビーなオタク」とは何かということでしょう。 昔はヘビーなオタクは、自分でも漫画を書いていました。たとえば、手塚治虫に憧れて、トキワ荘に集まった若手漫画家のような存在です。 わたしの同級生でも、高校生くらいから同人誌づくりをしる人がいて、それを買ったこともありますし、その人は卒業後に漫画家のアシスタントになりました。 そういう人は、同じライバル同士で戦いを繰り広げることはあっても、ライトユーザーを敵に回すことはありません。 だって、お客さんになってくれる人に喧嘩を売ってたら、自分がいつまでもデビュー出来ないでしょう。 今の「ヘビーなオタク」というのは、単なる高額消費者のことなのです。 ちょうどブランド物のバックのコレクターのようなものです。自分がどれだけアニメのグッズを集めているのか。それを競い合ってるだけです。 でも、お金を出す以上のことは何もできません。漫画も描けない、アニメも作れない。 せめて評論くらいはまともにできて欲しいのですが、ロクな文章も書けない。 クリエイター視点でいえば、ライトユーザーを動かすことが一番大変なことだと気づかないといけません。 興味のない人を振り向かせるということですから、革新的な表現と根源的な問い掛けを兼ね備えて、なおかつ平易で親しみやすいという難題をこなしている作品だからです。 「消費するだけのオタク」とは縁を切ることです。 もっと有益なことに時間を使っているオタクは山ほどいます。そういう人は自分の作品づくりで精一杯ですから、他人の批判をしている暇がありません。 そういうことです。

回答ありがとうございます。 同じことは私も考えます。 「どんなに深い考察しても、つまるところは消費者側やん?」 >ライトユーザーを動かすことが一番大変 指摘の通りです。 新規参入してくるライトユーザーが、ジャンルを食いつぶす例は多々ありますが、ライトユーザーを否定すると、ジャンル自体が先細ってしまうんですよね。 漫画ジャンルからは離れますが、プロレスなんかは昔、ライトユーザーを否定した為に長い間低迷しました。 新日プロレスは、そこんところから教訓を得て、現在一人勝ちをしています。 ライトユーザーを上手く教育できる運営って超絶有能だと実感します。 >そういう人は自分の作品づくりで精一杯ですから、他人の批判をしている暇がありません 本当に熱中している人って、批判する時間すら惜しみますよね。 幸福な状態だと思います。

0

例えば今鬼滅の刃が流行ってますが、「鬼滅の刃を面白いと思うのは理解力がないから、自分が好きな作品は難しくて理解できないのだろう」「鬼滅の刃は理解力ない人達を狙ったから売れた」という意見をよく見かけます。 「あんたは何を言ってるんだ?」という気持ちになります。そもそもライト層は「その人達が言う難しい作品」とやらを読んだり見たりしていない。それなのになぜライト層が「その人達が言う難しい作品」を理解できないと決めつける?もののけ姫という難しい作品が世間では人気がある。難しさなら「その人達が言う難しい作品」よりもののけ姫のほうがよほど難しいと思う。 オタクの中には「その人達が言う難しい」作品が好きなことが凄いという考えを持った人達がいるように思う。 考察するのが好きだからか伏線がある、設定が細かい作品が好きなのかもしれないが、それはあくまでオタクが好きな作品がそういう作品なだけであって、ライト層もそういう作品が好きとは限らない。自分達の好みに合わない作品を好きな人達を「理解力がないから」と見下す。とんでもないです。 勝手なイメージですけど、マウントオタクは劣等感が強く、そして自己顕示欲が強い。だからネットやSNSで承認欲求を満たしている気がします。そしてSNSやネットの普及でそれが顕著になった。

回答ありがとうございます。 >自分達の好みに合わない作品を好きな人達を「理解力がないから」と見下す それですね。 自身の「基準」に満たないものを切り落とす。 一般社会でも、同じことをしている人は沢山いますし、職場でも沢山います。 事実、私も経験があります。(切り落とされた側ですよ) なるほど、そういう心理だったのですね。 私の場合は、「どうやったら理解してもらえるのだろう?」ともがくタイプです。 (それが偉いとは思いませんが・・・時間が有限である以上、切り捨てるのも一案です) SNSなどの発達により、それが顕著化したのですね。 納得です。

0

>なぜマウントを取るのでしょうか。その理由を知りたいです。 自己実現の為に入れあげているのでそうしないと不安なのでしょう。 ただ、そういう方々に限ってよくよく話を聞くと深いようで実は大した考察などしてしませんよ。 なんの世界でもそうですが、そういう方々は見識が狭いので物事を多角的に見る目がありません。 また厄介なことにそういう方々は概ね「教え魔」なのです。 話し出したら一方的に早口で捲し立てるのは自信の無さの表れ。 本当に深い造詣がある者は物事の深みを知っているので自ら語り出さないし、ましてや安易にヘビーユーザーなどとは恥ずかしくて名のらないものです。 そもそもアニメの考察などそこまで根深くしなくても、世に出て普通に社会生活を送っていれば物語よりもバラエティーに富んだ事柄に出会え体験、学習できますからたかがアニメ考察でマウントをとる矮小さにさっさと気づくべきでしょう。 人生は有限ですから。

回答ありがとうございます。 >物語よりもバラエティーに富んだ事柄に出会え体験、学習できます >たかがアニメ考察でマウントをとる矮小さ 指摘の通りだと思います。 >実は大した考察などしてしません 時間は有限ですからね。 大量摂取している人って、余程賢くないと、本質をとらえた考察は出来ないと思います。

0

それを言っているYouTuberさん本人に聞いてみれば、理由も分かるんじゃないですかね。

0

ヘビーユーザーです。 ライトユーザーのドヤは住む世界が違い過ぎて疲れるので、 基本スルーするか、 (あれを心地悪く感じないヘビーユーザーは少ないと思います) 「それが好きならこういうのも面白いかも」と ソムリエのようにその人に向いた作品を勧めることで 深い考察をすることの楽しみを布教しようとします。 好きな作品のエンディングテロップ見て、 同じ脚本家や、監督を見るといいよ、とか(笑) 自分の知り得る「こぼれ話」の引き出しは多く持っているので。 でも、なんだろうなあ。 ライトユーザーの「知らないがゆえの虎の尾を踏むような発言」って 知らない(無意識)だからめちゃ繰り返されるんですよね。 それがこっち側から見れば鬱陶しいのは確かです(笑) 価値観の押し付けの反復を許容することが できないヘビーユーザーがいても、ちょっと同情してしまう気持ちは なくもないですよ。「若いなあ」って(苦笑) ライトにしても、ヘビーにしても 自分の価値観を押し付け続けている事実には変わりないんで。 それをライトと同じようにヘビー側が主張すると、 アニメ自体ををキーワード(批判の主軸)にして。 具体的に責めすぎるので、 ヘビーの批判が悪目立ちしてることは事実だと思います。 良識論ではヘビーのライト批判は誤りだとも思いますが ライト側のヘビー特別視(蔑視?w)も、微妙な感じがします。 どっちもどっちではないかと。 ヘビーの前では言わないほうがいい言葉ってあるんで。 それはヘビーユーザーの価値観の蹂躙であるし そういう意味では、ライトユーザー批判の批判も 同じことだと思ってます。 また、「オタ」という単語はヘビーな人間に対する蔑称なので 「ライトオタ」という言葉自体にも違和感があります。 あと、youtuberというのは攻めてヘイトを得ることも 視聴者を増やす方策の一つです。 真剣にディスっているなら、それはバカです。

回答ありがとうございます。 >ライトユーザーの「知らないがゆえの虎の尾を踏むような発言」 「オタ」という単語を使用するようなケースですね。 勉強になりました。 >ライトユーザー批判の批判も同じこと >それはヘビーユーザーの価値観の蹂躙 楽しむのに、「価値観の押し付け合い」は本来不要のはずです。 その点においては、どっちもどっちという事ですね。 自身は、「作品鑑賞は自身で完結」「湧いてきた疑問に関しては、知恵袋やネットで調べる」というスタイルなので、そこらへんとは無縁だと考えていました。 >真剣にディスっているなら、それはバカ 視聴者を増やすのではなく、「ふるいにかける」ようでした。 着いてくるユーザーだけを相手にしたいようです。 その上で、ライトユーザーをディスっていました。