麒麟がくるを見て、筒井順慶という人物を少し調べたのですが、その年齢にビックリしました。

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すごくないですか? ➡すごくないです。 当時の戦国武将の年齢を見てみると、 武田信玄、父を追放し20歳で当主となる。 織田信長、父の死で、18歳で織田家の当主。 伊達政宗、父隠居で、17歳で伊達家当主を継ぐ。 家督を継ぐと同時に、近隣から攻められるので、 否が応でも、必死で戦わざるを得ない。

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まあ家臣も優秀ですからね。 三好長慶も11歳とかそこらで三好を任されて三好政権を築きました。

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筒井順慶が実力で松永弾正と対抗できていたんではないでしょう。筒井順慶を攻め潰そうとしている松永弾正の動きを、織田信長が止めたのです。信長と筒井順慶の仲介役を務めたのが明智光秀で、筒井順慶はその後、明智光秀のことを父のように慕っていたという話です。 それゆえ、光秀が本能寺の変を起こした時に、光秀の与力大名の中で筒井順慶はこれに一番に呼応して挙兵するのですが、家臣団にでも説得されたのでしょぅか、途中で兵を返してそのまま城に籠ってしまい、結局山崎の合戦には参戦せずじまいとなります。

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順慶の筒井家は、興福寺の僧兵団のトップの家柄なので、 父の順昭の代からの重臣も多くいたから、 それらに支えられていたのでしょう。 室町時代の大和国は、守護不入の国と呼ばれ、 幕府は守護を設置する事ができず、興福寺と春日大社により、 国が支配されていました。 そして、興福寺の僧兵の首領が筒井氏で、 春日大社の神人が越智氏です。 応仁の乱で、越智氏が没落しますが、筒井氏は生き残り、 畠山氏、細川氏、三好氏らの大和進出を阻んできたのです。

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