曹操と劉備の差は経営力ではなかったでしょうか? 劉備は情に流され、 経営力を磨き上げなかった。

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人材じゃないですかね。 曹操も最初から多く人材がいたというわけではないですが、上手く立ち回って董卓旧臣らを引き込んだというのが大きかったと思います。 劉備は結構裏切られていますから、本当に良い君主かは疑問です。 曹操には人が集まったが、劉備には集まらなかった。 劉邦と項羽もそうです。

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生まれの差。 曹操は生まれながらに朝廷と近い名族の出身で、首都圏に拠点を持ち、早くから優秀な人材も財力も手にすることができた。 対する劉備は皇族とは名ばかりの辺境の士豪にすぎず、各地を勇戦してなんとか地盤を得たが、蜀は首都圏とはほど遠い未発展の地方にすぎなかった。 劉備と曹操の覇道のスタート地点には大きな差がある。個人の資質で覆せるものではない。

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劉備の場合は有能な人材の数の差ですよ明らかに。 曹操の場合、スタート時点で夏侯惇、夏侯淵、曹仁、楽進、陳宮、曹純、曹洪と信頼できる部下が何人もいました。それからさらに荀彧、荀攸、郭嘉と有能な人材をさらに加えました。 劉備はスタート時点で関羽と張飛だけ。比較的早いのが趙雲、簡雍、糜竺、糜芳くらいで、あとは荊州時代まで待たないといけません。経営力と言えば経営力ですね。人を集める力は経営力に関わりますし。 では劉邦と項羽の場合は? 劉邦には蕭何、張良、樊噲と確かに有能な人材がいました。しかし項羽の場合にも、范増、鍾離昧、英布、陳平、季布、韓信と有能な人材はいました。項羽の場合はあまりに独断専行が過ぎたことです。有能な人材は抱えるが意見は大して聞かない、最後は自分の意見を優先する、これじゃ有能な部下は離れていきます。英布も陳平も韓信もみんな項羽から離れました。言われる通り、自分の武勇に頼りすぎて、人の意見を聞かないのが欠点だったと思います。

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経済学者の堺屋太一と言う方が、 三国志を、大会社の圧力に屈しない、技術力は有るが、いかんせん資本力がない田舎の会社に例えて解説した文章を読んだことが有ります。 曹操を大会社は悪徳社長、劉備を田舎の小さな会社の社長に見立て、同じ志をもつ若き技術屋を工場長や技術開発部長として招き、さらに経理と外商担当として、諸葛孔明を迎え、会社は順風満帆とは行かないが、大手の曹操の嫌がらせにも負けず、それなりに発展していたが、やがて、関羽や張飛が過労で相次いで倒れ、ついには社長の劉備も・・・。 諸葛孔明も、跡継ぎがまだ幼い会社を何とかして守ろうと奮戦したが、ついに力尽きて倒れ、技術力は優れていた会社は曹操に買収されてしまう・・・と。

堺屋太一と言う人は、なんでもかんでも経済と絡めて考える人でして、かつてNHKの大河ドラマで、江戸時代の藩は株式会社だと言う独自の理論で忠臣蔵「峠の群像」で大コケしました。時代考証とか衣装考証とかメチャクチャだと批判され、見られない作品でしたよ。