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2020/11/28 15:00

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日本が中国大陸で民間人を虐殺した事についてどう思いますか?

日本史 | 世界史48閲覧

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質問者

2020/11/28 17:12

【壱】民間人に対しての虐殺は、当時の日本兵の日記にも記してありますし、多数の証言もあります。 それらが全部ちゃんと裏付けされた証拠であるとは私も思いません。だって当時の日本兵はインク切れの心配が無い、書き易い鉛筆が好まれていたのに、明らかに戦後にボールペンや万年筆で書かれた物や、文字が左向きではなく、戦後の教育で普及した右向きで書かれたのもありますからね。ただ…、それらを差し引いても民間人の殺害が一つも無かった。とは断言できません。そして私は民間人の殺害に対しては「「それがどうしたの?」」って感じです。

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正確に言うと、「どちらとも言えない」だと思います。 質問者様のように南京大虐殺を前提とした質問も、↓の輩のように「恥じるべき」「怨嗟」「釣り」などと言っているのも私からしたら反吐が出るとしか言いようがありません。 後者に関してはもはや暴言ですし気持ち悪いですね。 今の私たちにはこれを議論することよりも大事なことができると思います。

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戦争というのは、日本に限らず、国家が発動した場合には、必ず民間人の犠牲があります。 記憶に新しいところでは、第二次世界大戦後、アメリカ正義で発動した湾岸戦争でも、何の罪もないイラク市民が10万人、犠牲になっています。 子孫代々と、恨みつらみだけを継続するのには賛成しませんが、 少なくとも、戦後生まれの日本人ができることというのは、 現代、未来を生きる日本人として、やはり迷惑をかけた中韓、東南アジアの人々への悪辣な虐殺行為、侵略行為に思いをさせ、過去の戦争の危害を常に反省する心態をもち、永久に謝罪と反省の気持ちを持ち続けて忘れないようにするべきでしょうね。 これは我が国の揺るがない公式見解でもありますが。

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第一次世界大戦のころの日本軍は 世界に対して、たとえ戦争であっても、 国際法のルールに従って行動すべきだちいう考えで、 捕虜として日本に連行した人々をとても大切に扱っていました。 たとえば、青島半島へ攻撃を仕掛けたときの、ドイツ人捕虜が徳島県に拘留されていましたが。 ドイツに住んでいた時の、 祭礼や趣味なども自由に行うことができていたし、 地元の日本人は、お客様をもてなすように接していたので、 現地の日本人よりもむしろいいものを食べていたそうです。 徳島に、ドイツパンのお店があります。 捕虜の方から、パンの作り方を習った人が、 徳島産の小麦でパンを作って、販売するようになったのが始まり。 今でも当初のころのパンを作って販売していますが、 ご子息の方がドイツへ修行へ行って、 本場ドイツのパン屋さんで生産販売しているようなパンも販売しています。 ドイツ軍の音楽隊が、年末の演奏会に、ベートーベンの交響曲第9番を演奏しました。 日本には今でも、年末にベートーベンの第9番の演奏会が開かれていますが、 当時のドイツ軍音楽隊が、年末に演奏したことから、 ベートーベンの第9番は、年末の行事だと勘違いしたのが原因です。 日露戦争の際も、 地元中国人になるべく迷惑をかけないように行動していたため、 現地の人たちからロシア軍の動きを連絡してもらったり、 中国の人たちは比較的協力だったそうですよ。 日中戦争でも、 当初はモンゴル系の清に支配されているという心境だった中国人の人たちは、日本軍に協力的だったと聞きます。 南京に到着した際に、城門を開放して、日本軍を招き入れた中国の方もいたそうです。 なのに、なんで日中戦争、太平洋戦争において、あんなことになったんだろうね。 勝てば官軍とはいいますが 米軍は、日本の主だった工場を爆撃した後に、 多くの都市を空爆してるし。原子爆弾を投下している。 そうした行動が、世界から避難されていないのも不思議ですが。

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