ムーンライトながらの運行終了が決まりました。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

大垣駅で発車まえに若い男2人が大きな声でべちゃくちゃしゃべっていたので「おーい、修学旅行の電車ちゃうで、静かにしろよ。しゃべりたかったら、デッキへいけよ」と叫んだことをおもいだしました。

お礼日時:1/23 9:16

その他の回答(8件)

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このスレ多いですね。 座席指定の件は、先の方が書いているとおりです。 大垣夜行時代は、上りしか使ったことないです。 最初に使ったのが、中学2年生(昭和54年くらい)です。千葉の柏の親戚のところへ行くのに使いました。 当時の大垣夜行、東京発が特に人気で、質問者様の書いている2,3時間並ぶのは東京でした。大垣発はそこまで混んでいなかったです。 ムーンライトながらになるまでは、上りのみ使用が殆どでした。 東京ミニ周遊券だったので、東京からは、伊豆(踊り子の前身)とかにのり、当時1時間に1本あった、通称名古屋快速(浜松ー米原)で乗り継いで帰りました。 (柏からだと、下りの東海に乗るのに、常磐線の地獄を味わうのは避けましたw)

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はるか昔ですが、確か165系?のかたーい椅子に座って東京へ行った記憶がありますね。若いから出来たって感じですが。

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ムーンライトながらは全席指定席だったので、 >大垣駅の上りホームで座席確保のために並ぶ なんて、 「そんなヤツおらへんで!」 した。大垣駅で並んでいたのは、165系電車の「大垣夜行」の時代です。大垣駅で並んだのは、グリーン車に乗るためでしたねえ。

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「18きっぷ」の存在を初めて知ったのが「ムーンライトながら」の車内だったことです。ついでに、金券ショップで買い取りなどという裏技(?)まで知ることになりました。 初めて「ムーンライトながら」に乗ったのは、平成9年(1997年)の8月上旬のことでした。「ながらの指定席券」と「大阪市内→東京都区内の乗車券」を購入して乗りました。 車内改札の時、回りの人がみんな「見たことがない特殊なきっぷ」を使っているようだと感じて、隣の人にそのきっぷについて以下のような会話したような気がします。 私「その、きっぷのようなものって、何ですか?」 たまたま隣の席だった人(以下「隣人」)「あれ、このきっぷ(18きっぷのこと)知らないの?」 私「はい、初めて見ました」 隣人「じゃあ、きっぷはどこからどこまでのを買ったの?」 私「大阪から東京までです」 隣人「ほんとに?18きっぷが11,500円で東京まで8,510円(当時の値段)だろ?18きっぷの方がトータルでお得だよ。 私「どうして?東京までの乗車券より青春18きっぷの方が高いのに?」 ここで、18きっぷについて説明してもらった 隣人「新しく18きっぷ買って、大阪からこのきっぷを2回分使えば、3回分のこるだろ?」 私「はい、そうおもいます」 隣人「そのあとで、新橋とか上野とかの金券ショップに持っていけば回数券の余り見たいに売れるんだよ」 私「え?そうなんですか?金券ショップで買い取りなんて、考えもつきませんでした、できても未使用の場合だけかなと」 隣人「そうやって、3回分買い取ってもらえれば5,000円くらいもどってくるかもしれないんだよ」 私「マジか~~!そんなんだったら、今からでもこれに変えたいよお」

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大垣駅のホームで並んだ? →定期のながら号救済臨時列車でしょうか? 165、113系のムーンライトながら号救済臨時は、全車両自由席 だったので夕方から新聞引いて 並んだ方もたくさんいらっしゃたと聞いています。 また、定期時代のムーンライトながら号 大垣発は全車両指定席だったかと?

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