どうしてアメリカ軍は原爆の投下地域を広島と長崎にしたんですか?

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調べれば簡単にわかる事 「軍都」の様相を呈する、広島の街 https://smtrc.jp/town-archives/city/hiroshima/p02.html 「明治維新」後、街の中央に位置する「広島城」に、陸軍の「第五師団」が置かれた。「日清戦争」時には、軍を指揮する「大本営」が東京から広島に移り、「軍都」の様相を呈していく。「宇品港」は、戦争における輸送拠点として活用された。

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広島は予め空襲を少なくしてターゲットの一つでした・・・要は原爆一発で、どれだけの破壊力?って実戦実験です。 長崎は天候です・・・コレは運が悪い(汗)。晴れてないとターゲットに落とせないので・・・それでも長崎への投下は大分ズレてドンぶり投下でした。

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一番は天候です。1945年8月6日の投下前の早朝に原爆を積載したエノラ・ゲイ号より先に別の偵察のB29が広島上空に現れ投下前に「広島は投下可能」と確認したそうです。目視出来る快晴状態が条件でした。

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確か公には、連合軍兵士20万人の命救う為、呉・佐世保をターゲットにしただったと思う。 そんなにズレる訳ないと言われ、周辺に軍需工場が集中してたと公でなく発表したようです。 アメリカは唯一の原爆使用国です。 国際刑事裁判所理念の重大な虐殺行為・人権無視には時効、法の不遡及原則無視適用されないが、一般化すれば、国家として訴追される可能性あります。 戦意喪失させる為に使ったとは言えない。

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呉を攻撃する目的ではなく、あくまでも『原爆の破壊力を正確に測定』する目的で、それまで空爆されていない都市の中心に投下する計画でした。 最初以下の4つの都市が選ばれました。 京都市、広島市、横浜市、小倉市 あまり知られていませんが、原爆投下目標の第一候補は京都でした。 この時点では長崎は候補に挙がっていませんでした。 投下先の基準は以下の3つでした。 ・直径3マイルを超える大きな都市地域にある重要目標であること。 ・爆風によって効果的に破壊しうるものであること。 ・来る8月まで爆撃されないままでありそうなもの。 実際、原爆投下目標となった都市については爆撃や空襲が禁止されたといいます。 これは、原爆の精度を正確に把握したいという意図であったと言われています。 盆地にある京都は、爆撃の効果を測定するのに理想的な地形だったことが理由です。 しかし、歴史ある京都を破壊すれば日本人の反感を招くことが予想されたため 除外されます。 このときアメリカはすでにソ連との対立を視野に入れていて、 敗戦後の日本との協調をしていくためには京都への投下は得策ではないと考えていました。 その後、候補地は、第一候補が広島市、次いで小倉市、新潟市となりました。 その後、京都市の代わりに、長崎市が加えられました。 2回目の投下は小倉市の予定でしたが、天候が優れなかったため急遽長崎市に変更になりました。

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