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2021/2/25 13:38

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太平洋戦争中における国民の戦争意識はどのように乖離、解体したのか教えてください。

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「そのとき、わたしは小学五年生だったが、玉音を聴いた瞬間、なにか異様に甲高く、 きんきんしたお声だ、という印象だった。 「朕・・深く・・」というところだけはわかったが、そのあと、なにをいっているのかほとんどわからなかった。 ただ、日本が戦争に負け、これで戦争が終ったのだ、ということだけはすぐ理解できた。 瞬間、わたしは母の手を握ったが、なにか、すごおくほっとした、よかったぁ、という思いでいっぱいだった。 これで、もう戦争がなくなるとは、なんと嬉しいことなのか。なにかみなに伝えて、小躍りしたいような気分であった。」 渡辺淳一(一一) 「私は毎日、捕虜収容所を訪れていたから、天皇の降伏宣言に対する彼らの反応をつぶさに知ることができた。落胆し、憤慨している者もいた。また、敗戦を異常なまでに喜んでいる者もいたが、彼らは軍部による支配を忌み嫌い、戦後日本の将来に期待をかけていた将兵たちだった。しかし、ほとんどの日本人捕虜に広く浸透していたのは、安堵と諦観だったと思う。玉音放送が運んだ天皇の言葉は、ゲリラとしてとことんまで戦い続けることを望んでいた数少ない日本人将校たちの気持ちを、なだめる効果があったのである。」 米海軍情報将校 フランク・B・ギブニー(ニ○) 『突然、お隣のご主人が大声で叫んだ。 「戦争は、終わったんや。そう、のたもうとるで・・・日本は敗けたんや。敗けたんやで・・・」 しばらく、みんな、呆然と立ちすくんだ。 私は、ハッと我にかえって、義妹の顔を見た。義妹の目がパッと輝いた。私たちは、母の手を引っ張って、家の中に駈けこんだ。 「終わったのよ、母さん、戦争が終わったのよ」 「ほんとうに終わったのかねえ」 「終わったのよ、終わったのよ、私の旦那さまが帰ってくるのよ」 私と義妹は、手を握って家の中をぐるぐる踊りまわった。 「もう空襲もおしまいよ」 家中の暗幕をはずして歩いた。』 澤村貞子(三八) 「村のようすがいつもと違っていた。灯火管制のはずの村の家々は開け放たれ、電灯はこうこうと庭を照らし、かけまくっているらしいレコードからは古い歌が流れてきた。(中略)村の人が通りかかって、兵隊さん、もう戦争はしないでいいんだよ、とひとこと言ってむこうへ行った」 安野光雅(一九) 「そのときのみんなの表情がね、頬がゆるんでピクピクしてるんですよ。それを出さないように我慢してる姿がね。戦争に負けて理屈では悔しいんだけど、死なずにすんだという喜びがどんどん湧いてくる。みんな悔しいふりはしていますよ。デマ宣伝にだまされるな! そうだそうだ! 戦闘続行!なんて言いながら、頬がゆるんでる。体がよじれるような喜びが内から湧いてくる。戦争に負けたこととこれとは、とりあえず別ですよ。人間の生存本能じゃないですかね」 台湾・宜蘭(いーらん)基地二○五空小貫貞雄二飛曹の戦後の回想 「『日本は降伏したんだ。だが、またいつか、きっと立派な国になるさ。しっかりやろうよ』 喋(しゃべ)っているうちに私は、おろおろと泣き出してしまったが、女学生達はきょとんとした顔を見せただけだった。しらけた気持になって・・・若(も)しかすると、この女学生達は、まだ終戦のことを知らないのではあるまいか。私は口をつぐんで窓の外に顔をそむける」 「敗戦日記」菊田一夫(三七) 玉音放送後、街中では日傘を差し、隠し持っていたカラフルなスカートをはいた若い女性の姿を多く見かけ、浴衣に半幅帯で涼んだ年輩の女性も多く見かけた。灯火管制が解除されたため、その夜からどこの家でも煌々と電灯の明かりが灯され、空襲もなくなり、皆生き延びた事にホッとしたそうである。 「街々にあかるく電灯ともりたりともしびはかくも楽しかりしか」 大浜博(二一) 「あなうれしとにもかくにも生きのびて戦(たたかい)やめるけふの日にあふ」 河上肇(六六)

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手のひら返しして ギブミーチョコレートなんてのは、あまりにステレオタイプで、朝ドラを真に受けすぎですね、もうしわけないですが。 あたりまえですが、鬱屈かかえた者も、なっとくいかない者も多くいますよ。 それと、生きるか死ぬかの終戦直後を生き抜くためにプラグマティックに現実を受け容れてもいますが、人の心は一色ではありませんから。 軍や政府への戦後に勃興した反感だって、あれは容易に敗戦を選択したっていう不満やわだかまりが基底になってる面もあるんですよ(むろん客観的には理不尽ですが、矛盾を昇華させてしまう人間心理としてです) なので、戦後の平和な社会に馴染めない者もいましたよ。 また、表面的には「平和を享受し、戦前を否定」していたはずの多くの国民が、独立回復からわずか5−10年程度のスパンで、戦記ものや従軍経験者の手記がブームとなり、ゼロ戦や大和、真珠湾奇襲といった海軍を中心とした「日本が勝った、正しい戦争」を礼賛するような記事が子供向け雑誌にも多く出現するようになりました。 zer********さんもおっしゃってますが、上層部になすりつけましたが、本音としての「俺たちは間違ってない」「本質は正しかった、やり方は問題があったが、本筋はまちがってない」ですよ。 だって、現在の政府の先の戦争にまつわる公式見解は、全て「日本は間違ってない」で、要は「やり方において謝罪する。本質は正しかったが、アジアの庶民に迷惑をかけてしまった。サンフランシスコ講和条約は是認する。だが、日本はアメリカやイギリス相手の戦争はまちがってない」で、本音は「日本はアメリカの軍門に降って悔しい」ですからね。 なので、安倍首相は戦後レジームの脱却を公約にして、平気だったんじゃあないですか。 彼はサ条約体制は否定していません。日米同盟もむろん強化論者です。 しかし、アメリカの属国であることは拒絶するわけです。そして戦争の大局における選択は正しいとしていますが、これって実は左派も含めて、実相はこんなもんですよ。

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別に最後まで全体としては乖離も解体もしてませんよ ただ、終戦の詔を天皇本人に宣言させたことで有無を言わさず「終わりだ」としただけです 行き場のなくなった国民の心情は、実際に戦って敗北した軍や、戦時中の労役や強制的な政策を自分たちに強いた戦時中の政府、その中心人物ら個人に向けられることになりました

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大本営発表では常に我が軍大勝利なのに なぜか東京には大空襲がきたり 広島にはピカドンがきたりして 現実との違いに 脳みそが乖離した

そしてマッカーサー元帥がやってくると 手のひら返しして ギブミーチョコレート いまでも、パンダのセイセイと 毎日、英語の練習を欠かさない そうして国民総意という"空想の意識"は解体した