斎藤道三(戦国大名)は2人いた説を聞きました。何でこんな説があるんですか?

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「美濃国諸旧記」を基に、斎藤道三は僧侶から還俗し油商人になって美濃の守護の土岐氏に誓えるようになったが、主家を乗っ取って戦国大名になった…と言う話が長く伝えられてきました。 しかし最近の研究は斎藤親子二代での話が一緒くたになっていることがわかっています。 油商人から土岐氏に取り入り斎藤氏を名乗るまでが父の代で、それ以降の主家乗っ取り~戦国大名の流れは子(道三のこと)のこととなりました。 これは1970年代に岐阜県が岐阜県史を編纂していたところ、六角義賢の書状が発見され、それに斎藤氏のことが詳しく載っていたためです。 六角文書はその時代の文書であることなのに対し、先述の美濃国諸旧記は江戸時代に作られたものであることから、六角文書の方が正しいとされています。

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一代で成り上がったのではなく、父子二代で成り上がり、親のことが忘れられて、道三の一代記になったという説です。