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1707年12月16日から約16日間にわたった富士山宝永噴火、富士宮市内全域が溶岩流にのまれましたか。

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回答(2件)

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富士宮は関係ないです。 まず、この噴火は火山灰はたくさん出しましたが、溶岩流はほとんど出てきません。 出た火山灰は、西風に乗って東側に飛びました。須走あたりはその火山灰で家が埋没するような被害も出たのをはじめ富士山の東側は大変でしたが、富士山の南西にあたる富士宮は特に被害はなかったです。

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富士山宝永噴火はプリニー式噴火と大量の火山灰です、火口から溶岩の流下は見られなかったので富士宮市内全域が溶岩流にのまれこまれることなく、 富士宮市内域は富士山の南南西に当たるので、火山礫や火山灰の降下もあまりなかったようです。 http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1707_houei_fujisan_funka/pdf/1707-houei-fujisanFUNKA_06_chap2.pdf