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2021/2/28 20:01

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中学歴史について

世界史 | 日本史12閲覧

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そもそも日独伊三国同盟は目標がバラバラでした。 独伊…「ソ連」「フランス」標的。日本と手を結びヨーロッパ側・極東アジア側から一気に攻める。対陸軍国家同盟。英米とは決戦を避ける意向。海軍で勝てないからね。 日本…「米国」「英国」標的。英国を独伊に落としてもらってアメリカを叩く。何とか講和に!対海洋国家。ソ連はシベリアがあるので無理(シベリア出兵の大失敗から)

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要は、「自分たちの同盟はあくまでソ連と戦う為のものだから、みんな認めてねー」と言う意味です。 当時のソ連は、世界中の敵でした。 シベリア出兵なんか習ったと思いますが、あれも多国籍連合軍でソ連に干渉してますし。 ソ連は社会主義(共産主義)と言うイデオロギーを採用していて、それは資本主義を壊そう!と言った内容のものでした。 世界の国は当時、大体が資本主義です。 そりゃ自国の体制を「ぶっ壊そう!」と言ってる国が出来たら怖いでしょと言う話で。 NHKとNHKから国民を守る党みたいな。 ただ、世界恐慌が起きた時にソ連は独自の「計画経済」を行っていた事から難を免れ、それによって世界的に「社会主義意外と良くね?」って言う風潮が広がりました。 米大統領のルーズベルトは社会主義派だったので、それも後押ししてソ連は連合国側に入った訳です。 ただ、依然としてフランスやイギリスには「脅威」でした。 フランスもイギリスも「社会主義派」的な政権でしたが、かと言ってソ連は「やり過ぎ」だとも考えていました。 一方でナチスは、確かに脅威ではあるけど理解できなくは無いんです。 あんなに暴走してるのは、WW1後に過酷な賠償を要求したせいだと言う、罪悪感もありました。 当時は枢軸とバチカンは仲が良かったですし、ユダヤ人の迫害は元々はカトリックのやっていた政策です。 ですから、ナチスが「自分たちと敵対しない」限りは対ソの防波堤として都合が良いと考えられてました。 フランスの政策方針では、「ナチスとソ連を戦わせて共倒れにさせる」のが基本方針として採択されましたしね。 ただ、独ソ不可侵条約が結ばれた事で「ナチスとソ連を戦わせる」と言う英仏の思惑が外れた形となり、ポーランド侵攻を機に第二次大戦が始まる訳です。 要は第二次世界大戦と言うのは「ナチスの横暴を止めよう!」と起こった訳ではなく、寧ろ「ソ連の膨張を止めよう!」と起こったと言う方が正しいんですよね。 まあ正確には、「まずソ連、次にナチスを止めよう。手が空いたら日本も止めよう」が正しいのかな。