太平洋戦争 神風特攻隊は市民に知られていたのでしょうか? 15歳の男子が航空隊に入隊したら、航空隊は花形軍人だから

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兵士になる、 戦争に行く、 その時点で死ぬ事が前提でした、 それ故、出征の時は 武運長久を祈る と贈り、 命が亡くならないようにと祈っていました

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(「朝日新聞」昭和十九年十月二十九日朝刊掲載) 『神鷲の忠烈萬世に燦たり 神風特別攻撃隊敷島隊員 敵艦隊を捕捉し<スルアン島海域>必死必中の體當り 豊田聯合艦隊司令長官 殊勲を全軍に布告 「海軍省公表(昭和十九年十月二十八日十五時) 神風特別攻撃隊敷島隊員に関して聯合艦隊司令長官は左の通り全軍に布告せり。 布告 戦闘○○○飛行隊分隊長 海軍大尉 関 行男 戦闘○○○飛行隊附 海軍一等飛行兵曹 中野磐雄 戦闘○○○飛行隊附 同 谷 暢夫 同 海軍飛行兵長 永峰 肇 戦闘○○○飛行隊附 海軍上等飛行兵 大黒繁男 神風特別攻撃隊敷島隊員として昭和十九年十月二十五日○○時「スルアン」島の○○度○○浬に於いて中型航空母艦四隻を基幹とする敵艦隊の一群を捕捉するや必死必中の体当たり攻撃を以て航空母艦一隻撃沈、同一隻炎上撃破、巡洋艦一隻轟沈の戦果を収め悠久の大義に殉ず。忠烈万世に燦たり。 仍(よっ)てここにその殊勲を認め全軍に布告す。 昭和十九年十月二十八日 聯合艦隊司令長官 豊田副武 機・人諸共敵艦に炸裂 誘導の護衛機、戦果確認 二十七日大本営より発表されたフィリピン沖海戦の赫々たる戦果中、二十五日の戦闘で空母一隻を轟沈し、空母一隻撃破、巡洋艦一隻を轟沈した戦果はわが必死必中隊、神風特別攻撃隊敷島隊員関海軍大尉以下五神鷲の命中によって凱(あ)げられたものであることが判明した。この朝××相連ねて比島東方海面に突如出現したわが海上部隊の奇襲と呼応、指揮官、戦友と戦後の訣別を交わした神風特別攻撃隊員は征きて再び還らざる○○基地を飛び立った。生きて二たび相会うことのない征途に出でたつ神鷲を見送る戦友の、言葉もない××を見送りの裡(うち)に基地を連発した攻撃隊は、誘導護衛機に導かれつつ一路敵艦隊を索(もと)めて飛翔、午前○○時頃スルアン島東方洋上に中型空母四隻を基幹とする敵を発見した。 敵上空には既にグラマン戦闘機が群れ飛び、わが行手を遮り、襲いかかってきたが、この敵機に対し、わが誘導護衛機が敢然応戦、特別爆装を施したわが特別攻撃機は敵機群を突破。さらに敵艦隊の猛烈極める防禦砲火の乱射の真只中を只一途に、それぞれ目標を定めた敵空母に直進、中型空母一隻に対し二機命中、機人もろとも敵艦に炸裂、敵艦は忽(たちま)ち大火災を起こして沈没、更に他の中型空母一隻に対し一機命中これを撃破、空母を××する巡洋艦一隻にも一機命中、一瞬にして轟沈せしめた。 わが誘導護衛機はこの神鷲の最期とその戦果とを確認し、神と化して再び還らざる荒鷲の、ただその殊勲の報のみを待ち焦がれる基地に報告をしたのであった。 二十四歳以下の若桜 敷島、大和、朝日、山桜、菊水諸隊 比島決戦に初めてその名を現した神鷲神風隊はその別名を必死必中隊という。元寇の役に来襲、元軍を覆滅し神国の危急を救った、かの神風にわが現身(うつしみ)をもって代え、敵米英の来寇によって皇国興廃の重大関頭に立つ現戦局の危急を必中の体当たりをもって救わんとの意気から結成されたものである。 神風隊はこの特別攻撃機隊の総称で、その下に敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊及び菊水隊の諸隊がある。死所を得れば鮮やかに散るわが大和魂、その大和魂を詠じたかの「敷島の大和心を人とはば朝日に匂う山桜花」の一首よりそれぞれのその隊名を選んだものであり、また菊水隊とは楠公父子の七生報国の精神にちなんで名づけたものである。 今回神風隊のさきがけとして散った隊員は関大尉の二十四歳を始め、すべて二十歳、二十一歳の若桜である。(中略)絶対に生還を期さない必死隊である点に戦史に比類なく、古今に絶する壮絶なものがある。比島沖に僚友を見送った残る隊員、また身をもって神風たらんと固く期しつつあるといわれる。』 社説 『嗚(ああ)忠烈 神機に投じた決戦の数々であった。敵撃砕の燦然たる戦績がここに生れた。しかも陸海空の全軍、粛然として驕(おご)らずと聞く。敵また襲いなば、我再び撃滅せんのみと、戦意いよいよ堅しと伝う。宜(むべ)なり、昨日の決戦は今日の決戦につづき、今日の決戦は明日の決戦につらなるが故である。けれども前線将士力戦奮闘の忠勇義烈に対しては、昨も今も、ひたすら心奥の肝銘、満腔の感謝を捧げずにはおれぬ。ましてや神風特別攻撃隊敷島隊員に対する聯合艦隊司令長官の布告に接しては、われら万感切々として迫り、この神鷲忠烈の英霊に合掌、拝跪(はいき)すべきを知るのみ。 それは必死必中の、さらにまた必殺の戦闘精神である。征戦は、これをもって勝ち抜く。神州は、これによって護持される。忠誠洵(まこと)に「万世に燦」たるものがある。謹んで生還を期せざる烈士の高風を仰ぎたい。いな、征(ゆ)いて帰らざるを、予(かね)て心魂に徹したる神鷲の崇高さに、ひしひしと全身を、全霊を、みそぎはらいせらるる思いである。清澄無比、透明の極致である。聖慮、神意へのひたぶるな帰一の境涯である。 関大尉等五勇士の雄魂は、これによって驕慢なる敵戦力を挫いた。邪悪なる敵の非望をも斬った。まずおのれに克ち、妄想を断ち得たからである。かくてこそ、この大御戦(おおみいくさ)は必ず勝つ。この殊勲、この精神にわれらは勝機を見た』 『身を捨て国を救う 崇高極致の戦法 中外に比類なき攻撃隊』 『身をもって神風となり、皇国悠久の大義に生きる神風特別攻撃隊五神鷲の壮挙は、戦局の帰趨(きすう)分かれんとする決戦段階に処して、身を捨てて国を救わんとする、皇軍の精粋である。愛機に特別爆装し機、身もろとも敵艦に爆砕する必死必中の戦法は、絶対に帰還を予期せざる捨て身の戦法であり、皇軍の燦然たる伝統の流れを汲み、旅順閉塞隊、あるいは今次聖戦劈頭における真珠湾特別攻撃隊に伝わる流れに出でて、さらに崇高の極致に達したものである。殊に神風隊は、かねて決戦に殉ぜんことを期して隊を編成し、護国の神と散る日を覚悟して、猛訓練を積んだものである。勢いに余って死するは、あるいは易い。しかし平常、死する日を期して、ひたすらその日のために訓練を励むがごとき、果して神ならざるもののなしうるところであろうか。 さらに同隊には、必中機隊のほかに、これを護衛し、かつ戦果を確認する任務をもつ誘導護衛機隊があり、これらが一隊をなす編成をもっている点に、また中外の決死隊の前例に比類を見ないものである。 台湾沖海戦以来、今次の決戦で数知れぬ荒鷲が体当りをとげた。一機をもって一艦を必殺する戦法は、敵を震駭(しんがい)せしめている。先には航空戦隊司令官有馬少将の体当りがあった。有馬少将は基地進発に当って機に搭乗する際、胸間に勲章を飾り、儀礼を正し、出発前、すでに体当り戦死の覚悟を見せていたという。 われわれは、これらの事例、ことに今回の神風隊の壮絶な最期を思う時、この神鷲たちの覚悟は、また前線全将兵の覚悟そのものにほかならないことを知るのである。今次決戦は、勝敗の趨勢を決するものである。この重大決戦に臨んで、前線将兵はことごとく、生還を期せざる覚悟を固めているのである。戦争の事態は、ここまで切迫していることを、われわれは改めて心にかみしめなければならない。 米内海相はかつて、「寡をもって衆を破るは、古来、日本兵法の妙義である。今後の作戦において、なお、各種のうつべき妙手の必勝方策あるを確信する」とのべた。まことに皇軍の妙義はこの神風隊の壮挙にその一端を表わした。科学と物量とを唯一のたのみとする敵に対して、科学を超越した必死必中のわが戦法は、わが尊厳なる国体に出ずる崇高なる戦いの妙義であろう。 豊田聯合艦隊司令長官は、神風特別攻撃隊の偉功を表彰して「忠烈万世に燦たり」と賞した。まことにその身は死して、その忠誠は万古に薫り、身をもって戦勝への道を――唯一の戦勝への方途をわれわれに示したのである』

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元祖「熱血甲子園」なんじゃないかと思ってる。 熱い想いで極限状態で仲間のための自己犠牲って、 言葉は悪いけど大衆の大好物。