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2021/4/3 9:31

77回答

第二次世界大戦で連合国の戦闘機パイロット達が最も苦戦した相手国やパイロットは何処ですか?

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ベストアンサー

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【nxoさんへ】 私も、日本とソ連に限らず、戦時中の記録は、参考程度にしか見てません。 一番確実なのは、戦後に検証された、空戦における、敵・味方の実際の「損失機数」ですよ。 勿論、全ての空戦が、検証されている訳ではないですが、著名な空戦に関しては、詳細に調べられているものもあります。 それからすると、日本の陸海軍航空隊の意外な善戦ぶりや、米軍の戦果の見誤りが、露呈している例も、結構ありますよ。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

詳細なご回答ありがとうございました

お礼日時:4/10 14:52

その他の回答(6件)

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連合国のパイロットが最も苦戦したのは 断然 太平洋戦争初期の大日本帝国海軍 艦隊勤務のパイロットです。 最初の1年は 日本海軍のパイロットが 米国海軍のパイロットを鍛えてくれました。 ※他の連合国のパイロットはヤラレっぱなしです。 幸い 米国海軍は 撃墜されたパイロットの救助システムが整っていたので 何度でも何度でも救助されて再び空へと挑みました。 結果的に終戦間近には大ベテランパイロットが殆どを占めました。 彼らは朝鮮戦争でも エースとして大活躍しました。 逆に日本海軍のパイロットは 防御の無い機体で 救助も無いので 墜落=重症か死亡の運命でした。 多くの撃墜王と呼ばれたパイロットも 重症を負って内地へ送還され 最後は神風パイロットの促成栽培を担当しました。

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ドイツでしょう アメリカのP-47戦闘機で最高の戦績を残した航空団の第56戦闘航空団司令ゼムケ大佐の乗機を撃墜したのはドイツのエース第3位のギュンター・ラルであったことは確認されています ルーマニアの油田防衛に駆り出されたドイツのエース第1位のハルトマンはBf109Gで数機のP-51Dと互角に戦い、内何機か撃墜して残りのP-51Dの追撃を巧みに躱しながら燃料が尽きて乗機を放棄、パラシュートで脱出 残りのP-51Dはハルトマンの卓越した操縦に感嘆したのか 翼を振りながら健闘を称え去っていった 最も1944年半ばになると米軍はドイツ空軍の戦闘機パイロットは一握りの卓越した超人と大多数のド素人で組織されていると称しています ただドイツ空軍は日本軍よりははるかに優れていたでしょう 日本の場合の撃墜証明はガンカメラ映像の確証が全く無く、また僚機の証言も全く無い全くの自己申告制なのでソ連軍とともに撃墜数に確証はありません ノモンハンの双方撃墜数の主張を見てもわかる通り、ソ連空軍、日本陸軍航空隊双方の保有数が壊滅した位の突拍子もない撃墜数を主張している

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ドイツの撃墜確認にはガンカメラ映像と僚機の証言は必要で 他に地上部隊の被撃墜機の機体の地上確認も必要になる場合もあります 日本軍機の自己申告制の撃墜数は実際の交戦した米軍機の実際の被害記録と比較して極めて数量の違いが出ています それは日本海軍最高の飛行隊と言われる台南空でも例外ではありません 他国の撃墜数でも多少の誤差は出るものの日本やソ連ほどではありません

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帝国海軍の赤松貞明氏かな? 零戦単機でP-51の75機編隊に飛び込んで、P-51を1機撃墜したあと、多重の包囲網攻撃の中をかいくぐって無事に帰還している。