孔子の「論語」についてのご質問です。

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ご回答ありがとうございます。 >倫理や道徳がいつまでも理想論を展開し続けるのは、そうした人間の可能性を諦めない姿勢から来るのかもしれません。 そう言われてハッとしました。 そもそも現実離れした理想を追求し、唱え続けるからこそ、倫理や道徳なんですね。論語は現実離れした「道徳の理想論」だからこそ尊いのであって、現実社会にドップリ浸った我々の心に気づきを与えてくれるのですね。 論語は「道徳の理想論で現実離れしている!」と考えたこと自体、恥ずかしく思います。 「常に善の心で生きるのが人の道である。性悪な者に対しても、 善の心で接するという道を外れてはいけない。とは言え、害が及ぶ場合もあるから、避けることは善の道を外れた行為ではない。」 と言っているのは、性悪なものに対する対処法が消極的なのではなく、むしろ理想を追求する道を、少し追求しやすくしてくれていると思えばいいですね。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:4/20 7:32

その他の回答(2件)

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サイコパスに対する究極の対処法→「近づくな」「避けろ」「相手にするな」「自ら立ち去れ」が、孔子の時代(いつかは知りませんけど)から既に完成されていた、っていうのは何というかやはり流石!!って感じですね。 人間は突き詰めて考えればやりたい事しかやらない生き物なので…サイコパスとの関係に於ては「離れる努力をしない自分が悪い」「辞めない自分が悪い」「警察に通報しない自分が悪い」という訳で唯一自分以外を責めても良いのは警察が取り合ってくれなかった時だけ、っていうのが私の考え方です。