チベットの吐蕃にしろ日本の大和王権にしろ、7〜8世紀ごろに仏教を導入して急速に国家体制を整えて力をつけていきますが、

世界史 | 日本史113閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん丁寧な回答ありがとうございますm(_ _)m 仏教は当時の先端技術や知識を内包したものだったのですね。

お礼日時:5/8 12:52

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日本に関していえば、国家統治の技術体系のようなものだったと思います。 明治時代の西洋文明導入と同様、この時期には中国文明全体が最先端の科学技術としてありがたく導入され、それまでの日本の怨霊信仰などが迷信として退けられました。まあ、日本の場合はかなりの土着要素がその後復活しましたけど。

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日本の場合は国家がお手本として見倣うべき文化が 常に中国大陸文明由来の文化でしたので、 中国の都で流行っているものは無条件に良いもの という認識が有ったはずです。 とくに日本土着の神道とは違って 仏教はインテリ向けの学問的傾向が強い宗教ですから、 日本の知識階級が仏教に魅了されたのも 仏教がものすごく先進的で奥深いものに見えていたから と推察します。 チベットに関しては 中国で普及していた禅宗の教えは不採用だったのに対して、 インドから派遣された中観哲学の学僧たちの見解を採用した という経緯がありますので 日本とはまた事情が異なるとは思います。 ただ、仏教には学問的な傾向が強く 知的活動を好む層に支持されやすいという条件自体は 変わらないはずです。

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佛教に「転輪聖王」という言葉があります。佛の教えによって政治を行う王様です。そのような世界を理想としたわけです。然しこれは釈尊が生まれた地域の信仰を、佛教側が取り入れたものです。言わば傍流と言ってもいいでしょうね。主流ではない。 政治と佛教の関わりは、あくまでも政治の側が主体となっています。佛教としては、あくまでも国土が安穏である事に対する関わりだけです。 ギリシャ哲学が、総合科学だったように、佛教も当時の先端科学であり、先端技術を含んでいたのですね。医学・建築・土木・論理学。そういった物の知識を、昔の僧侶は持っていたのです。だから当時の為政者によって利用され、信仰され、民衆に拡がっていったのだろうと思います。 佛教自身は、政治を特筆して強調する事はありません。こうしなさい。あゝしなさい。そんな事は個人的な相談ではありえても、全体的なものではありません。

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逆じゃないですかね。国の仕組みが整備されて国民に倫理的な啓発を行えるまでなるタイミングで仏教が導入されるんではないでしょうか?確かに初期の仏教は極めてポピュリズムに迎合した「ナウい」施策をとってましたが。

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日本の場合、朝廷の権威を表す手段として仏教が使われました。 東大寺の大仏殿をつくり、地方には国分寺、国分尼寺が作られ、朝廷の権威が示されたのですよ。目に見える建物、建造物ですよ。仏教の教えではありません。 仏教の教えで政治を行うことは理想ですが、腹黒い人たちには通用しません。