"発達障害は個性"という人が多いですが、どこが"個性"なのでしょうか、私はADDとASDを患っていて、人生そのものを悲観して、周りを呪っています、どうにか発達障害をポジティブに見れないでしょうか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さんのも読ませていただきました。やはり個性ではありません、ただの励ましですね。

お礼日時:5/8 19:03

その他の回答(9件)

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あくまでも個人的な意見ですが、現在のところ発達障害がどのように人々に理解されているかというと、 発達のアンバランスさを見ている人(程度が軽い人), 高次脳機能障害寄りに見ている人(程度が重い人), インターネットで発達障害は個性と謳う記事を見た、あるいは個性と思い込んでいる人(ほぼ部外者、当事者以外の人), に分けられると思っています。当事者同士でさえ、個性か障害か論争が起きるということは、人によって出る症状の重さが違うことに由来すると考えています。 程度が軽ければ一人でも生きていけると思うので、個性と捉える人もいると思います。程度が重い場合は明らかに障害として認識するでしょうね。注意障害が酷い人なら分かると思いますが、これが個性と思える神経を疑います。もはや自称しているだけなんじゃないの?と思ってしまうほど、注意障害はきついです。 書くの疲れたのでやめます

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「どこが」というより、全てでしょう。 mbf様のASDがアスペルガーなのか自閉症スペクトラムなのかは分かりませんが。 日本の外に出てみると分かりますよ。 日本は、発達障害をクローズにしてきたため、未だに差別が酷いです。 それに対して、ドイツやオーストリアを中心とする欧州やアメリカ、カナダなどは、かなり前から前向きに向き合ってきました。 周囲の理解度と接し方が違います。 また、日本にはないですが、ADDが働きやすい職場が多数あります。 一度、どこかで留学されてみてはいかがですか? 国内だけを見ていると、mbf様の言うとおりだと思います。積極的に取り組む国を幾つかまわりましたが、そこでは1つの個性として、良い部分のみを褒めてくれました。 私なら、ワーキングメモリーとか空間把握とか。

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私からすると、日本の理解度は遅く、後進国というイメージしかありません。 なので、日本にはあまり期待していないです。 ドイツ、オーストリア、スペイン、カナダ(南東部)、アメリカ(ニューヨークとフロリダ)では、良い印象でした。 帰国すると、ナーバスになります。

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「障害の特性の現れ方は個々に違う」為、「性格と同様に全員が違う」のです。 私は「触れてしまう程の近さ」に居たとしても、周囲から見たら「近過ぎるよ!」って見えているとしても分かりません。 そのことで何度注意されたのかも分かりません。 数え切れないくらい注意されている筈です。 「もしかしたら私という存在そのものが短所なのかもしれない」と思うこともあります。 感覚鈍麻なので気付けないだけかもしれませんが、悲観的になっているわけではありません。 ASDを抱えた人間には私のような者も居ます。 「貴方が周囲を呪いたくなる程に悲観的になるようなこと」を味わったとしても「私にとって分からないこと」になるのです。 「低温火傷をしていたとしても、服が肌に触れた時に痛みを感じない限りは低温火傷を負ったことに気付けない」とか有るわけではないのでしょう? 「賢いのか馬鹿なのか分からないよ!」って周囲から見られているとして、言葉にして言われたとしても、 「どうなんだろう?馬鹿なんじゃないかな?(笑)」って返せばいいって考えると良いかもしれませんね。

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こんにちは。 一応、発達障害(ASD)と診断されている者です。 事実は一つですからね。 後はそれをどう捉えるか、見るかということですね。 たとえば、同じ一枚の絵を見たとして、どのように見えるかは人によって違います。 完全に同じようには見えたり感じたりすることはあり得ません。 なぜなら見る人間がそれぞれ違うから。 それと同じです。 発達障害をポジティブに捉えれば個性ですし、ネガティブに捉えればそのまんま障害ですね。 個性と思っている方のSNSなどを見るなどして、自己洗脳していけばいいと思いますよ。 言ってしまえば、ネガティブに捉えるようになったのもある意味洗脳みたいなものですし。

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