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2021/5/6 6:49

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昨夜の礼拝で、ダニエル書2章を読みました。特に相違が見られたのはダニエル書2章36節でした。新改訳聖書では、「私たちはその解き明かしを王さまの前に申し上げましょう。」となっていますけども、新共同訳では「さ

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訳者が目標としている事柄によるでしょう。 可能な限り用いられている単語あるいは表現をすべて取り込まなければならない と思う訳者もあれば、 目標としているのは現代語として理解しやすい訳文であるので、 細かなことに捕らわれて複雑な訳文としたくない、とする訳者もいるはずです。 そして、勘違いしてはならないことがあります。 原語表現は、 ある考えを伝えようとするとき、 その表現方法は一つではないということです。 原文に対して可能なその訳文は一つではありません。 単に文字の並びが違うというだけに注目すべきでないと思います。 基本的に述べられている"意味"が同じなら問題とすべきでないと思います。 それでもその訳文の違いに問題があるとするなら、 その違いによってどんな問題が生じていますか? その表現の欠陥を論じるべきです。

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訳語の基本は、同じ単語がどの様に使われているか?を同じ単語の用いられてる処より導き出して、前後関係を組み合わせて、文章にして行きます。 当該箇所の単語は知りませんが… 「ダニエルと共に祈った友人」or「ダニエルと解き明かす神様」と「複数」とした場合「我々」となり、解き明かすダニエルだけを強調すれば「私」と成るんだと思います。 使われてる単語は、「ダニエルと○○」「ダニエル」と両方にに掛かる単語が用いられていろと察します。 寄って、相反するものではなく、原語として、その様に読み取れる言葉が使われてるんだと思います。 読みてとしては、訳語の違う事で、聖書理解を深めるのに、此の違いが有効です。