阿斗(あと)、劉備の息子劉禅(りゅうぜん)の幼名です。中国語辞典でこれを引くと、「阿斗A Dou」→「ばか者、あほう、ろくでなし」と出ます。

補足

もともと阿には人を蔑む意味があったと思います。まだ呉の国に魯粛が生きていた時代に、若い頃には無学で猪武者だった呂蒙が主君の孫権から学問の必要性を諭され、必死になって勉強した結果、その急激な成長で久々に訪れた魯粛の度肝を抜き、呉下の阿蒙にあらず、と言わしめ、自分の後継者にした。という逸話が残っていますので。 あと、別質問にも書きましたが、朝鮮には賎名長寿思想があったとのことで、これは中国由来か?とも思ったもので質問してみました。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13244376423

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ベストアンサー

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曹操の幼名も「阿瞒」ですよ。 「阿」はただよく幼名に使われているので、「成長していない」という意味があっても、蔑む意味ではありません。 賎名と言っても、汚いもの、動物の使いますが、バカとは直接と言わないでしょう。

その他の回答(2件)

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まあ、阿斗が愚か者という意味なのは先のご回答のとおり、劉禅が凡庸だったからですね。 「阿」は日本語で言う「〇〇ちゃん」みたいな意味です。 子供や娘さんにつける愛称です。なので、阿斗(劉禅)や阿瞞(曹操)みたいに幼名の上についたりします。 荀攸の側室に阿騖(あぶ)なんて人の名前が出てきますけど、これも愛称でしょう。騖ちゃん、という感じです。騖は走り回るみたいな意味ですが、それも含めてのあだ名なのか、騖という名前なのかはちょっとわかりません。 呉の呂蒙についても、阿蒙、というのは蒙ちゃん、みたいなことで、まあ、ちょっとバカにした呼び方ですね。阿が侮蔑の意味なのではなく、子供扱いしてる、というようなニュアンスです。まあ、そもそも、本名を呼び付けること自体が大変失礼なんですけどね。

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劉禅が劉備に比べると「凡庸」であった上、 蜀の国を滅ぼしても平気でいた事から 劉禅が「アホ君主」の代名詞となり、 幼名の「阿斗」が「アホ」という意味になりました(>_<) ただ、劉禅が「知性の片鱗(へんりん)」でも見せれば、 危険視されて暗殺されたでしょうから、 「能ある鷹は爪を隠し続けた」とも言われています(^^)/