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経済についての質問です。 「完全競争市場における具体的な財の例」を 教えてください!

回答(2件)

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外国為替市場 財が同質で、売り手が無数に存在し、買い手も市場価格に対する影響がゼロとみなせるほど、無数に存在しているので、どちらも価格受容者です。 情報はリアルタイムで公開されて非対称性がない。 ガソリン市場 こちらも、財が同質で、売り手も買い手も無数にいるので、一つの企業は、市場価格を受け入れるしかないわけです。企業は最小の生産要素で、最大の生産量となるように努力することはできますが、財が同質な以上、市場価格で勝負するしかないです。 取引する財は同質であり、誰に売っても、誰が買っても同じなので、最も競争が激しい市場、完全競争市場ということができます。 インターネットの取引も、同じ商品を比較できる信頼できる情報があるならば、少しでも安い商品を買うでしょう。現実の市場はサービスを差別化しているので、家電量販店やガソリンスタンドも割高であっても、生き残れているわけです。価格差がごくわずかしか違わないと知っているなら、わざわざ遠くまで回り道せずに、機会費用を考えて近くのガソリンスタンドやスーパーで買い物をするので、移動に対するコストがゼロにならない以上は完全競争市場はあり得ず、仮に、ネットの世界が完全競争市場に近づけることはできても、あくまで近似にしかならず、完全競争市場単体では、フィクションの世界にすぎません。経済学で、理想的な市場として前提されることで、説明概念として用いられます。

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まず前提として最低限の基礎ですが、机上の空論という中での『価格に対する影響力を一切持たない経済社会』があったと仮定しての話ですから、この仮定をまず理解しなくてはいけません。 市場経済において、『価格』は、この理論ではプライス・テイカー(他人の利益を搾取することで自分の利益を得ようする人をテイカーといいます)、つまり売る側が常に価格決定権を持つという現実離れした仮定を前提にしています。 ただし、このプライス・テイカーは、今現在、ある産業のない国で起こっている現実でもあります。それがエネルギー産出国ですね。彼らは、掘削の権利は売ることにし、原油の利益だけを欧米の石油メーカー数社が独占しています。 物やサービスには、絶対に『価格』があるはずですが、それ自体は財産ではありません。 しかし、石油産業の利益を牛耳るプライス・テイカー、つまり昔のセブンシスターズ(原油由来製品製造メーカー)は原油の出どころである産出国に対して固定の権利費を払うだけで、自由にその製造量を調節できるのです。 簡単に言えば、サウジはこの原油販売の権利は無いが、埋蔵する原油の所有者であり、これがこの完全競争市場の『財』ということです。 一方の石油関連製品(ナフサ、石油等)の製造をする側は、価格を決める側ですから、こちらは一切の財を持ちません。 ・完全競争至上主義の中では、プライス・テイカーが価値を決める ・その中での『財』自体は価値としてではなく、権利等の概念である まぁ単純に、石ころでも油でも、人々が欲しがる内は、それは『財』であり、価格を決める市場は、その財を自由に扱える側が決めているものだという話なわけです。 しかし、この完全競争市場の考え方は極論過ぎ、実は大きなミス、過ちがあることを忘れてはなりません。『人々が欲しがる(需要)』を最初に持ってくる時点で間違ってます。 プライス・テイカーが価値を決めるのであれば、普通は『競争原理は始めから無い』と考えますよね。しかし、現に原油価格は時に乱高下します。しかし、通年、石埋蔵量量が危機的状況になることは起こりません。 つまり、石油産出国の『財』は一切変動がないのに、なぜ、その価格決定権を有する石油関連製品製造会社の利益は常に上下するのか? それは市場、”いちば”とは、『供給に応じた需要があるからである』という原則に基づくからです。 例えば、マグロがその年、仮に7万トンの水揚げがあったとしても、大トロの価格を守るために、多くのマグロは処分されます。市場では常にこういった価格調整がされるのです。これは、プライス・テイカー(販売者・価格決定権を持つ者)が利益を確保するためです。 普通の一般人は、『お金の価値は不動だから、貯金しておいた方が安心だ』と考えます。しかし、このお金は安定した市場経済の中では、缶コーヒー100万本の価値かもしれません。ところが、現実には『供給に応じた需要がある』のだから、貯金しておいた財産の価値が、現実の買い物で同じモノの質や量と常に同じ価格で交換、取引できるはずがないのです。 10年前まで1年間300万円で暮らせたが、今はもう、年間400万でも足りない事態が起こりえるからです。消費者には価格決定権が無いですからね。 恐らく、経済学についての学びを考えていらっしゃると思いますが、仮想の世界と現実に起こる様々な現象とは、甚だ乖離がつきものです。 ですから、経済と言えば『お金とか価値』について、その市場競争を語るとまさに大きなミスを犯しやすい。 財とは『人々がその場合に必要とされるもの』である限り、時代によっては原油は無価値だったり、あるいは希少性があったり、需要があったりなかったりするものです。 したがい、完全競争市場の中での『財』は、机上の空論と言わざるを得ないのです。