自殺したら地獄に落ちるではなくその人たちを救うのが仏教の理念でしょうか

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

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お礼日時:6/23 9:14

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冒頭一文、そんなのあったっけ 冒頭二文め、そんなのあったっけ 次の段落、そんなのあったっけ? ご遺体や死者をホトケさんと呼ぶことはあるけど、そのホトケさんと仏は違うもんだな ひとは仏にはならんよ んで、蜘蛛の糸には群がって切れるんだよね 我しか思わないから

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仏教は因果応報を説いています。仏教は現在の幸不幸の原因は「因果応報」にあると説いています。因果応報とは現在または未来に起きる結果には必ず過去又は現在に、その原因となるものを自らが創っているという意味であり、神様や仏様が罰を与えるという意味ではありません。それは今世に天国に生まれていようが地獄に生まれていようが、現在どういう生き方をするかによって来世どちらに生まれるかが決まるということです。このように生まれ変わるときに生れる環境が常に変わることを「輪廻転生」と言います。因果応報は来世だけでなく今世においても、今何をしているかで天国と地獄を逆転させることもできるということを示しています。因とは原因のことで、果とは結果のことです。応報とは原因に応じた報い(結果)の意味です。 仏教は生まれ変わるというのが基本の考え方です。生まれ変わるのですから天国や地獄が現実とかけ離れた所に在ったのでは辻褄(つじつま)が合いません。天国も地獄も現実の世界で見ることができます。例えば金持ちの幸せな家庭に生まれる子供と、貧乏で親から虐待されるような家に生まれる子供、この違いが天国と地獄です。他には平和な国に生まれる子供と戦争が絶えないような国に生まれる子供、この違いも天国と地獄です。天国や地獄は生まれる場所のことなのです。 生まれ変わるときは死んでいく時の気持ちと、母親となる女性の気持ちが共鳴した所に生まれるそうです。これを感応妙と言います。感応とは相手が楽しそうにしていればこちらも何となく楽しい気分になり、悲しそうにしていれば悲しい気分になるようなものです。死にゆくときに多くの人に感謝されながら幸せな気持ちのまま死んでゆけば、母親となる女性も多くの人に祝福されながら幸せの中で出産していることになります。反対にだれにも看取られることなく一人寂しく死んでゆけば、母親となる女性も一人寂しく出産していることになります。趣味が同じ人が引き合うように同じ境遇の人どうしが共感し引かれ合うのです。ただ仏教では感応し合うのは人間だけとは限らないと言っています。 自殺がなぜいけないかと言うと、自殺は孤独と絶望の中で死んでゆくのですから、生まれ変わるときに孤独と絶望の中で出産している母親の元に生まれることになります。ただそれだけではなく周りの人にも取り返しのつかない後悔と悲しみの記憶を刻み付けることになります。ようするに自分だけでなく自分のことを一番心配してくれる人たちも地獄の道ずれにしてしまうからです。仏教は自殺したら地獄とは言っていません。例えば安楽死のようにみんなに見守られながら心安らかに死んでゆくことができれば地獄ではないということです。 仏教は地獄は環境だけに在るのではなく自分の心の中に有ると説いています。例えば地獄のような環境に住んで居る人にとっては毎日が地獄かもしれませんが、そこに住んで居る人たちを救うために活動している人の心は地獄ではないはずです。また、そこから抜け出すために希望を持って努力している人の心も地獄ではないはずです。地獄の「地」とは地面より低いものは無いという意味で最低という意味です。「獄」とは逃げることができない状態のことです。最低の苦しい状態からどうあがいても抜け出すことができずに絶望している心の中が地獄なのです。「地獄」は絶望している状態ですが誰かの助けを借りて希望が持てれば抜け出すことができます。このとき助けてくれた人を良縁と言い芥川龍之介の童話「蜘蛛の糸」に通じます。 前世において強い絆で結ばれた相手とは生まれ変わっても再び出会うそうです。これを縁と言いますが、縁には悪縁と良縁が有ります。人生に成功し幸せを掴んだ人は、人生の節々で支援してくれた人がいたとか助けてくれる人が現れたという話をします。反対に人生に失敗したり地獄の苦しみを味わっている人は、人に裏切られたり騙されたりしたとか、足を引っ張るような人がいたという話を聞きます。これが良縁と悪縁の違いです。縁も因果応報なのです。

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自殺するような地獄の心境にならないようにするのが仏教の役目ですね。つまり生きてるうちに対処しないと無理だということです。死んでからではどうにもなりません。神や仏が救うと言ってるのは「生きてるうちに心を変えることで死後も救われる」という意味です。 神や仏という独立した現実的な存在はありません。人間が自分の間違った考えや心の状態を変える為に設定した架空の存在です。実際に居ると思った方が心を変えやすいでしょ。天国や地獄も同じでそんなものは現実には存在しません。しかし地獄のような心の状態は存在します。それを略して地獄と呼んでいるだけです。