ソ連は第二次世界大戦で最大の人的・物的損害を出したにも関わらず、 なぜ戦後は衰退どころか超大国に発展したのでしょうか?

世界史87閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

1人が共感しています

ベストアンサー

2

2人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答ありがとうございます。

お礼日時:6/23 12:53

その他の回答(5件)

0

ソ連はやはりあの広大な土地に資源も多く埋まり、多くの周辺国も自国に取り入れ、拡大したんだと思います。 イギリスは戦争被害は多く受けたし、人口も多くなく国土は狭いので、植民地を失って国力は大きく低下します。

1

緒戦時こそ甚大な被害を受けますが戦車等の物的損害は受けた損害を遥かに上回る支援を受け 疎開された工場の稼働 工場の増設で生産力は向上し 逆に領土を取り戻すようになると故障した独ソの戦車を修理し戦力化 取り戻した領土で兵員を徴集する事により軍人の数も豊富になります。 戦時中の時点で既に最大の陸軍国で最大の軍人 戦車保有国です。石油や鉄 農産物の資源も豊富にありました。 戦後は衰退はしていませんが成長率で見るとだいぶ西側に劣ります。 そして無理なノルマで大量の餓死者が出たり 故障だらけのTVを大量に作ったりします。 宇宙や軍事で驚異的な成長をしますがこれは民需への対応を後回しにした面もある。(戦車もスペックだけを見ると当時西側を震撼させるような戦車を大量に作り出しますが湾岸戦争等の西側との戦車戦を見ると表面上だけで内実はさほど脅威でなかった可能性がある。)

1人がナイス!しています

2

レンドリースで与えられた自動車輌や機関車、貨車などは戦争が終わってからの復興への原動力となりました 社会主義の勝利、西側との対決でそのレンドリースによる恩恵は意図的に過小評価されていますが あとは敗戦国からの金銭、物資での回収は徹底的に行われました ソ連のドイツ占領地区にはソ連本国から解体職人を派遣 機械製造工場149箇所 冶金工場51箇所 精密光学機械工場46箇所 電機工場46箇所 などを解体し、ソ連へ送りました 工作機械に関してはドイツのどこの何という企業から接収し、ソ連のどの地域のどこへ、例えばウラルの○○工場に設置したとかの記録は情報公開により明らかになっています 複線鉄道路の片側のレールを接収、ベルリンの道路を剥がして地下ケーブルを接収するなどしました 接収したあとのソ連のドイツ占領地域での鉄道線路は戦前の48%となりました 一連の接収が終わったあとソ連占領地域に残っていた主要産業の工場はソ連株式会社の傘下に入り、得られた利潤はソ連への賠償として支払いました 1952年のソ連占領地域での生産高の78%が賠償として支払われました ソ連が大戦中に失った生産設備の総額は120億7000ライヒスマルク ソ連が占領地域から回収した賠償総額が540億ライヒスマルクと4倍以上超過 更に多額のソ連軍駐留費を別途で支払わなければなりませんでした 勿論後の西ドイツの政府、企業からも賠償されています まぁ昭和の左寄りの人や日教組などはソ連のまやかしの鉱工業生産を鵜呑みにする人が多いですが 大戦中のソ連の工業生産は正面装備の兵器生産以外は軒並みドイツより下です だいたい世界第2の工業を自称している割にはまともな自動車道がモスクワ〜ミンスク自動車道1本のみ 長距離複線鉄道路線がモスクワ以西で3本のみ 粗鋼生産量を例にとれば ソ連の粗鋼生産 1940年…1832万t (ドイツ…2980万t、イギリス…1320万t) 1942年…807万t(-56%) (ドイツ…3340万t、イギリス…1310万t) 1943年…848万t(1940年の46%) (ドイツ…3570万t、イギリス…1320万t) *ドイツは本土爆撃を受けていることに注意 アルミニウム生産は40〜45年の通年で ドイツは189万t ソ連は26万t にすぎない アルミニウムの原料ボーキサイトのソ連の年間生産量は5万tしかなく スターリンがアメリカから来たホプキンス特使にアルミニウムを至急援助してほしいと泣きついたのは有名な話だ ソ連の大戦時の油田はバクーとその付近のカフカスにしかなく ドイツがブラウ作戦を開始したとき必死に守ったことは知られている ソ連はニッケルも不足し、レンドリースで送られる前のソ連軍戦車の装甲は貫通されなくとも強い打撃で割れやすかった 明らかにニッケルが不足し靱性が乏しくなっていた ただ国土が広いだけで退いても 近代戦を継続的に戦えない ナポレオン戦争時代とは兵器体系からして違う ましてはウクライナの穀倉地帯を失い、代替の農耕地はシベリアのタイガ、ツンドラ、中央アジアの乾燥地帯では得られない 1920年代後半のホロドモールを見てもわかるでしょう 工業についても同じ 大型溶鉱炉のある製鉄所は極東、中央アジアに一つもない 全て中小の製鉄所だ ソ連の工業の中心ウクライナを失ったらレンドリースがなければ新たな鉄道路線、輸送体系、建築資材も調達できない ウラルのT-34生産工場の一つは既設の鉄道引込線があった貨車工場を潰して生産した 1942年のソ連の機関車生産量は0両 対するドイツは1943年には5000両生産している ドイツ国鉄は30000両以上の機関車を所有していた 鉄道先進国のドイツでさえこれぐらい所有しないと物流が滞る 技術的に下のソ連が厳しい状況に置かれていたのがわかるだろう まだレンドリースによる大量の輸送車輌が届いていなかった43年2〜3月にハリコフで惨敗したのも補給を鉄道に頼っていたソ連軍の補給切れを突かれたのが原因だ 人的資源も辛うじて枢軸国軍より優勢だったが 大戦中期からは民族別編成は出来なくなり 攻勢を行うには攻勢を行わない部隊の充足率を50%以下に落として抽出せねばならず 44年後半になると13歳の少年を徴兵せざるを得ず 奪回した地域の成人男性を強制徴集し、訓練もせずに狙撃兵部隊に投入したのです

2人がナイス!しています

2

ソ連はドイツ第3帝国によって壊滅的な損害を出しましたが、物的・人的損害をものともせずにドイツ第3帝国の東半分をもぎ取り、更にドイツより東側の国々を占拠して実質的に植民地のようにしてしまったからでしょう 戦後超大国になった一因として、ドイツの技術と占領地域が上げられます ソ連もアメリカ同様資源は豊富ですので物量で勝利したとも言えますが、 それに戦利品として技術が加わったので超大国に成ったと言えるでしょう 一例として核技術、ロケット技術、航空技術、工業技術など多岐にわたります 逆にイギリスの繁栄は植民地からの収奪が主な収入だった為 日本との戦いで多くの植民地が独立してしまった為衰退しました 同じ事がオランダにも言えます ソ連は戦後ヨーロッパの東側を実質的な植民地としていたので超大国になり イギリスは戦後インドやアジア諸国の植民地を減らしたので衰退しました 戦後の復興も日本人のシベリア抑留や占領地域からの収奪によって行われました ドイツ敗北による漁夫の利とアメリカからの参戦要求で瓢箪から駒が相まって超大国に成ったと言えるでしょう

2人がナイス!しています

1

確かにソ連の被害は甚大でしたが、もともと人口は多いし資源は豊富だから世の中が平和になれば復興します。ましてや1953年にスターリンが死んで、その独裁時代となっていましましになっていました。 英国はソ連に比べれば被害が少ないですが、英国自体ではそれでも大いに国力を消耗しました。そもそも大英帝国が成り立ったのも世界各地に植民地を持っていたからで、それを維持する国力を大戦で鵜砂いました。そして各植民地の独立です。 英国の衰退は当然と言えば当然。

1人がナイス!しています