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2021/6/14 20:08

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武士の政治が始まったのって平氏の時代か源氏の時代どちらですか?

日本史47閲覧

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徴税、徴兵、裁判形式を武士用にしたのは頼朝。 清盛は朝廷の武官を独占しただけ。 従来説が正しい。 明治時代に征夷大将軍の政権を幕府と名付けたので1192年に決まってる。 イチャモン付けて金儲けする業界。 いくらも反対言い出す。

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現代では「平家」。 昔は、平家は藤原氏のマネをして武士のための政治をしなかった、なんて説があったが、 今日では、 平家は平家を支持する武士のための政治を行った。 「恩は山より高く海より深い」という言葉は平家物語では平家側武士の言葉である。後に吾妻鏡によると北条政子も同じ事を言ったらしいが。 鎌倉幕府も幕府を支持する御家人のための政治を行った。 どちらも武士全体のためではない。

元寇以降に、いかに幕府に仕えない武士を幕府の指揮下におくかが、大きな政治の課題となった。 それまで、この武士達を「放置」してきたからである。いや、彼らは御家人達に圧迫されてきていたのだ。 そして、この武士達の側に、足利尊氏ら、幕府の中核の武士までもが加わって幕府は倒れた。 繰り返すが、平家同様、鎌倉幕府も武士全体のための政治では無かったのだ。

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武士をどう定義するかによって答えが違います。 清盛の一族は殿上人なので公家だと言えます。しかし兵馬の権を握るのは事実なので武士ではないと一概に言えません。 頼朝の政権は麾下の関東武士団は関東平野の開墾領主達の組合の様なものであり、所領争いの裁定や朝廷との折衝を軍事貴族である頼朝に求めました。 彼らが武士だとするなら武士の為の武士による武士の為の政治と言う事になります。 平家は一族の繁栄のみを願った藤原政治と何ら変わりませんが、鎌倉幕府の先駆けとなった事で、武士の為の政治ではないけど、もしなければ鎌倉幕府もなかったであろう事から、評価されるべきかと思います。

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源氏の時代。 平氏の政権はそれ以前の体制をそのままに、平氏の人間が占めただけだから。

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