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2021/6/16 10:56

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大河ドラマ・青天を衝け・18話を見ました。

ドラマ | 日本史162閲覧

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元は水戸家の内紛 水戸藩主は実兄徳川慶篤。 儒学の優等生慶喜が実家の兄貴のやり方に口出ししない。 慶篤が天狗党を見捨てたのはドラマでも描写されたが天狗党が農家などを襲って略奪をして百姓からも攻撃され領民の支持を無くして行った。 また、天狗党の武田耕雲斎、藤田小四郎、山国兵部ら攘夷派は禁門の変の長州攘夷派の桂小五郎、、久坂玄瑞らと交流していた。孝明天皇からすれば京都を焼き討ちした攘夷派の仲間。 ぶちゃけ、藤田小四郎は渋沢栄一に薄井龍之を使いに出して慶喜に助命嘆願の取次を求めたが、渋沢栄一が拒否して慶喜に通さず追い返した。 津田寛治さんは「花燃ゆ」で知りました。 主人公の後の旦那、楫取伊之助の兄で禁門の変後の長州征伐で処刑されたのが印象的で今回も似たような役だった。 その後、スカッとジャパンで意地悪親父とのギャップが・・・

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当時の水戸藩士は過激でしたからね。 桜田門外の変で井伊直政を処刑したのも、坂下門外の変で安藤信正を負傷させたのも、水戸藩士でした。平岡円四郎を殺害したのも水戸藩士でした。そして今度は水戸天狗党の乱ということで、見逃しがたい雰囲気だったのだろうと思います。 攘夷運動という観点から観ると、薩摩はイギリス艦隊に敗れ、長州は四国艦隊に敗れ、土佐も山内容堂の弾圧政策で封じ込められていました。言ってみれば、水戸藩の過激派分子は反幕府軍の最後の勢力だったわけです。 徳川慶喜は、水戸徳川家から紀州徳川一橋家に養子に入っている身ですからね。逆らえなかったんじゃないでしょうか。

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非常に共感できる質問です。晴天を衝け 面白いです。 ただ今回のというか世間的にはきっと偉い人は部下の為に動こうとしない というか動けない、出来ないのだと思います。自分の仕事が大変だから。この点がブレてないから観ていて面白い。 慶喜さんも絶対君主ではなく国内外からの脅威にも忙殺されている中で質問者さんの意見の様な心境 足引っ張らないでよ!。でも厳刑してよ。は必ずあったと思うと信じたいです。ただあくまでも主君が一部下の処罰に関して具体的にどうこう言えないようなものたんじゃないかなと。

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慶喜は将軍になると鳥羽・伏見の戦いに旧幕府軍が敗れると幕府艦隊に乗り込み家臣を見捨て容保、定敬兄弟を人質同然に同行させ、江戸に着くと江戸から遠ざけた男です。 天狗党事件の頃は幕閣を恐れ天狗党と関わる事を恐れてました。 にも関わらず天狗党は慶喜の庇護を求めて縋ろうとしました。 もし慶喜が人望のある性格なら幕府はもう少し保ったでしょう。

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水戸天狗党は過激な尊王攘夷思想の集団ですが、慶喜は攘夷思想は 時代遅れの妄想と考えているので、徳川家を守る立場からすれば許 せないのです。 天狗党は同じ水戸家の出身だから庇いたいが、自分の役職からすれ ば許せないジレンマを抱えているのです。天狗党を許せば体制の維 持に大きな障害となるから、結局厳しい処罰を黙認するしかなかっ たのでしょうね~ 何となく分かるわ~ww

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