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2021/6/24 10:54

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豊臣秀吉がものさしとますを統一した事に関する個人的な疑問です。

日本史 | 大学受験35閲覧

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「土地面積の計り方」=物差しの長さの統一です。物差し1間(=6尺3寸)四方を「1歩(ぽ)」と統一しました。その結果、全国何処の国でも同じ基準で生産力を表示できました。 「ますの大きさ」=そこで穫れる米の量と年貢の量の統一です。 具体的には、秀吉の統一に関わらず水戸藩主頼房は物差しの長さをわざとか間違いか「短いものさし」で検地しました。 普通は「1間」=6尺3寸で計るところを頼房は「6尺」の物差しで計ったのです。その結果、他の藩より面積が多く計算され、領地の石高は26%増しとなり本来29万石余のはずが、35万石となりました。その割増分の年貢を納めさせたので、ひどい増税で農民は苦しむことに成りました。

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秀吉は度量衡の統一はしていない。 当時、地域によってバラバラだった枡の大きさの基準を統一しただけである。 ものさしは太閤検地に用いた検地尺のことだろう。 江戸時代に入っても地方の枡の大きさはバラバラのままであり、京枡との換算値で計算していたにすぎない。 太閤検地にしても実際には検地せずに大づかみな数字を机上の計算で検地したことにする場合もあった。 要するに全国的な同一基準のもとに大名に軍役などの賦課の基準を出せればよかったのであり、正確性が求められたわけではない。

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田の面積は、適当に縦横の長さを測り面積を出していたのですよ。 例えば東京都の面積なら、清瀬-町田の距離と多摩市-品川区の距離を測ります。 後は、ひし形の面積の出し方の公式に当てはめます。