戦後(昭和20年代)の日本の神道について質問です。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

遅くなり、申し訳ありません。皆様ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2021/12/7 19:35

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当時の神社の多くは ラッキーと思ったケースが多くあったそうです。 なぜなら 戦中、戦後は、神社での個人的な神事や葬儀は禁止されており、 収入が少なく 厳しい時代だったからです。 それから戦前の神職は公務員とされ、 公務員試験に 合格できなかった多くの社家は、断絶してしまいました。 伊勢神宮の古代からの社家も 公務員試験に不合格となり、断絶に至ったケースもありました。 また、戦後、日本人の一般的な思考として神道や神社に対しての忌避感はありませんでした。 しかしクリスチャンや朝鮮系などの人の中には神道や 日本文化を嫌う人も多少はおりました。 それから戦後の神社への攻撃ですが、GHQによる指令がそれでしょうね。 ・日本神話否定 ・教育と神道を断つ指導 ・皇室の神格化否定 ・報道から神道や神社文化などを希薄に ・皇室を軽んずる教育や報道 ・公共の場から神道色を無くす またGHQは靖国神社を爆破してドックレース場計画を立てましたが、ローマ法王から「世界中からバカにされる愚行だから絶対にやめなさい」と言われて、その計画は頓挫しました。

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戦前、加藤玄智という宗教学者がいた。僧侶の息子だが、神道を研究し「神道には天皇教の国体神道と民間の宗派神道・神社神道がある」と主張した。加藤の主張は当時の日本人の一般論ではなかったが、加藤の論文をアメリカ人のホルトムが英訳し、それをGHQのバンスが読んで「日本の天皇教やべーな」と神道指令をつくった。 神道指令では戦争の原因は「国家神道」と決めつけ、国家神道はつぶす、民間の宗派神道(教派神道)と神社神道は平和主義に転向するなら残す、とした。 神道指令より神社に関する役所である神祇院が解体され、民間の神社本庁が発足したが、神社本庁に対してGHQは祝詞で「天皇」「朝廷」などの文言を一切使うなと検閲するなどの圧力をかけた。 またGHQの命令ではないが、戦勝国の軍人が神社に来て、御神体や宝物を見せろと言って神職とトラブルになったことは、経験談として各地に伝えられている。当時の新聞は検閲されていたので報道はされなかった。