明治維新の時に隠された徳川埋蔵金は実在するのですか?

補足

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%80%E5%B1%8B 「淀屋(よどや)とは、江戸時代の大坂で繁栄を極めた豪商であり、総資産は約20億両(現在の貨幣価値に換算すると約200兆円)。全国の米相場の基準となる米市を設立し、大坂が「天下の台所」と呼ばれる商都へ発展することに大きく寄与した。 米市以外にも様々な事業を手掛け莫大な財産を築くが、その財力が武家社会にも影響することとなったため、幕府より闕所(財産没収)処分にされた。しかし、闕所処分に先立ち伯耆国久米郡倉吉の地に暖簾分けした店を開き、後の世代に再び元の大坂の地で再興した。[要出典]幕末になり討幕運動に身を投じ、ほとんどの財産を自ら朝廷に献上して幕を閉じた。」

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埋蔵金の根拠として 江戸城明け渡しの際に幕府の運営資金を真っ先に改修するために金庫にいったら無かったのでどこかに隠したというのは有名な説ですね。 まずこれ自体が真実であるかどうかすら怪しいです。 ただ徳川埋蔵金自体は無くても、江戸城明け渡し後に抵抗した旧幕府海軍の榎本艦隊や奥羽越列藩同盟の残党が何らかの資産を隠した可能性は十分あり得ます。 ただそれでも数千両とかのレベルでしょうけど。

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当時の日本の人口と経済規模を考察して、米を扱う一商店が200兆円と言う財産を持てるかどうかを考えて見た方が良いと思うよ。ちなみに、世界企業アマゾンの昨年の年商が2兆円前後。

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江戸幕府の財政基軸はお金ではなく米だったのだから、徳川埋蔵「金」があると思うほうがおかしい。あるとしたら徳川埋蔵「米」。

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