ドイツ軍のバルバロッサ作戦の破綻。

補足

スタ―リングラ―ド攻防戦の敗北から。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

よくわかりました。 ありがとうございました。

お礼日時:7/18 19:01

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包囲された42年11月半ばの時点で第6軍の戦力は約33万。空輸で維持されるとされていた補給はほとんどまともに行われず、その状況で氷点下ウン十度という冬季市街戦を戦うことになりました。12月の時点で外部からの救援作戦も断念され、1月には餓死者が出始めました。1月末にパウルス元帥が降伏し司令部が消滅したのは彼がクリスチャンで自殺できなかったからですが、これによって第六軍将兵はヒトラーに命じられた「玉砕」命令から解放されたことになり個々に降伏していくことになりました。この時点で生存者は9万ほどでした。 総兵力の三分の二を喪失するまで抗戦したというのは、充分に「徹底抗戦」の部類です。本国からの援軍は「来ない」とはっきり示されており、むしろ本国では(スターリングラード守備隊にも伝わるように)第六軍はスパルタ兵のように全滅まで戦ったと報道されていました。 あなたはこの状況でもまだ「なぜ徹底抗戦して本国からの援軍を待てなかったのですか」と問えますか?

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