第二次世界大戦ではサブマシンガンは現役でしたが、冷戦期に入り突撃銃が普及し始めると、サブマシンガンは先進国では使われなくなりました。その際に使われなくなった旧式サブマシンガンはその後どうなりましたか?

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ソ連(ロシア)は第二次大戦で鹵獲した大量のドイツのMP40を親ソビエト諸国・勢力にばらまいていました。 朝鮮戦争で北朝鮮軍が、第一次インドシナ戦争やベトナム戦争で北ベトナム軍やベトコンも使っていたようです。

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モスボールしたり、警察や州軍に払い下げるケースが多いと思います。 敗戦国の装備は武装解除で取り上げられていますので、ドイツ軍の武器は接収した国が管理し、日本軍の武器の大部分は焼却した後に残った金属を屑鉄として再利用したようです。 StG44やMP40は過去に売り払われた物や終戦後も見つからずに秘匿されていたものが残っており、自由シリア軍やISIL等の民兵ゲリラがそれをかき集めて使っている写真もありました。 https://twitter.com/G18skosko/status/1241969502033592327

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第二次世界大戦では 多くの国では サブマシンガンの使用用途は 「下士官装備」で 一般歩兵用装備は 半自動(セミオート)ライフルでした。 これは当時まだ 自動式銃器の小型化が 難しかった事で その信頼性が薄かった事と 当時の軍隊の考え方では 拳銃弾を使う「サブマシンガン」の10発より ライフル弾(スプリングフィールド弾7.62x63mmなど)の 1発の方が軍事用としては信頼されていた事によります。 唯一、サブマシンガンを 一般歩兵用に多用したのは ドイツでした。 これは技術力に自信があるドイツは 少ない資源と省生産コストを考えた場合 他国と逆に拳銃弾でも1発で敵兵は死ぬのだから 小型で連射性の利く銃の方が コスト的に軍事用大量生産には向いている ・・・という事からの選択だったようです。 この選択の背景には ドイツのスタンダード拳銃弾が 現在でも軍事用として多用されている 「9×19mmパレベラム弾」であった事が 今のして考えると大きな要素だったのではとも言われます。 当時サブマシンガン用の銃弾には .45口径弾(.45ACP弾など)が主流でしたが この大口径では反動が大きく またマガジンも大型になり 銃全体もその強力な反動に耐えるように 頑丈にする必要がありました。 しかしドイツが第1次大戦から使用していた 自動拳銃用弾である「9×19mmパラベラム弾」は .45口径より重量・反動・コストなどの点で サブマシンガン用には適していた事で ドイツは第2次大戦では 唯一のサブマシンガン主体の装備を充実させた訳です。 その後、冷戦期になると ドイツの軍事技術は拡散され サブマシンガンに関する技術も 世界に散らばって行きました。 冷戦期にはサブマシンガンは 対ギャング&テロ&暴徒用警察装備と 特殊部隊装備として多用されて行き この流れは現在も続いています。 この際、アメリカを除く 西側諸国では拳銃弾を 「9×19mmパラベラム弾」に統一され 1980年代には頑固に.45ACP弾を使っていた アメリカもようやく9mm口径弾を 正式軍用拳銃弾にした事で NATO加盟国の多くの軍事用サブマシンガンは 「9×19mmパラベラム弾」が作用されるようになったよです。 現在の軍用サブマシンガンは 「PDW(パーソナル・ディフェンス・ウエポン)」という発想で 携帯用緊急護身兵装という新たなカテゴリーでも 多用されるようになってきましたが この「PDW」という規格は 実際には1980年代から計画されていた事で 現在のMP5・P90・MP7などは 実はこの計画を前提に1980年代後半の設計された 冷戦用サブマシンガンだったのが元です。 また、発展途上国では 2000年くらいまでは 何処の国も軍事用サブマシンガンが 陸軍の主力兵装だった国が多かったよです。

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以前、自衛隊でもM3A1を使用していましたから おそらく今でもまだ先進国でも保管されているのではないかと思います 1990年代にはまだ配備されていましたから (1994年頃にはまだ駐屯地の記念祭で64式と共に展示されていました)