仏教のお経に関する質問です。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ババジのお話は寡聞にも初めて知りましたが興味深い内容かと思います。 貴重な回答をお寄せくださいましたBlueguppyさんと皆様に感謝いたします。どうも有難うございました。

お礼日時:7/29 22:11

その他の回答(12件)

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> 小乗経典(阿含経)のみが釈迦直説の真理の経典であり、大乗経典は誰が作ったのかもわからない、想像力で創作された偽の仏教経典であると主張しています。 仏教とは何でしょう? 人生の苦(不如意)を消滅させ輪廻転生を止めるための修行です。それが根本経典の阿含経やパーリ経典に記された「滅尽定」や「想受滅」の修行です。 下↓の記事の「想受滅」・「滅尽定」です。 https://buddha.pink/buddhism/14/ (「えん坊&ぼーさん」より) 大乗経典は、お釈迦様直接の教えではなく偽の経典と言えるでしょうが、「滅尽定」や「想受滅」の修行が説かれているのであれば一応仏教とはいえるでしょう。大乗経典でも「滅尽定」や「想受滅」が記されている部分があるようですが、具体的にどのように説かれているかを存じません。 下の回答者 阿含太郎様の参照サイト http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-bdk-sat2.php で検索すると大乗経典でも「滅尽定」や「想受滅」がヒットしますがどのように論じられているかは存じません。 > 信仰されている、拠り所とされている仏教経典は大乗経典・・・であり、小乗経典を信仰しているのは世界でもごく一部の地域に限られています。 本来の仏教は信仰するものではありません。 下の書籍「バウッダ」(中村元・三枝)によれば大乗仏教は、概して、仏教をヒンズー教化して仏陀を信仰の対象にしたもの、のようです。 https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000211453 しかし、仏陀を信仰したいのであれば、大乗経典でも小乗経典でも信仰するのは、外道かもしれませんが、個人の自由・宗派の自由でしょう。 また、大乗経典の全てが「想像力で」創作されたものではなく、創作当時の仏教教団での問題提起として創作されたお経もあるでしょう(例えば「維摩経」)。 > 信仰の肝ともいうべき「霊験」面から見ても、大乗経典の方が圧倒的に救われたという奇跡的な体験談が多いです。 霊的な奇跡信仰ですね?霊的な奇跡体験はあらゆる宗教に存在します。奇跡で救われたという話もあらゆる宗教に存在します。しかし、本来の仏教は(奇跡)信仰で救われるのではなく、カルマや苦や輪廻転生から修行で自灯明で自分を救うものでしょう。 仏教で修行上(「滅尽定」や「想受滅」で)必要な霊性は、人(自己)のタンハーを認識し、前世を認識し、カルマで輪廻転生することを認識することだと思います。それを感覚的に認識できれば霊性があるといえるかもしれません。

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仮にA男が「他人に依存したい。仏様に依存したい。」というタンハーを持っているとしたら、ある大乗仏教宗派で大金を騙し取られる素質が十分あります。 A男がその大乗仏教宗派に入信し、高額の供養金を騙し取られたと後で気がついても、「他人に依存したい。仏様に依存したい。」というタンハーは止まりません。そうすると「騙されたのは教祖が悪かったから」と人にせいにするだけで、騙された自分のタンハーに気がつくこともありません。A男はタンハーに動かされて他の大乗仏教宗派を探し求めます。 かくして大乗仏教は「他人に依存したい。仏様に依存したい。」という人々の同様のタンハーのもとで人々に必要とされ人々のために存続している、といえるかもしれません。 そうすると、大乗仏教宗派はタンハーを強化させタンハーを止めることもないので、大乗仏教は反仏教の存在となりす。

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阿含宗における最高経典とは『三供養品』であることに、阿含宗徒も異存はないでしょう。 なんといっても阿含宗徒が日々、おとなえしている経典ですから。 この経典は皆さんご存知のように桐山管長様が昭和の時代に創作したものです。 阿含経といってますが、阿含経とは何の関係もないものです。 『大蔵経データベース』で調べれば『三供養品』に『三福道』という言葉は書いてないです。ご自身で検索してみて下さい。 下記のデーベースに言葉をいれて検索してみて下さい。 http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-bdk-sat2.php 『三供養品』に『三福道』という言葉はない。

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桐山ちゃん、何時も適当なことを書く癖が付いているから、本の中身もでたらめ。 『三供養品』というお経もある本では阿含経の『衆集経』の中にあると書き、別の本では『応説経』の中あると、支離滅裂なことを書いています。 阿含宗徒は鵜呑みにする人ばかりなので、桐山ちゃんもついついデタラメのオンパレード!

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中国撰述経典であれ、大乗仏教製作運動であれ、(あるいは日本でも経典製作した人はいますが…)、きちんと仏教理論に基づいているかは大事だと思いますね。 例えば『大智度論』なんかでは、般若経典群(大品般若経)では足りない思想を、他の経典群からビックアップして整理していますね。仏典が作られるなかで、元の思想はどのようなものだったのかをきちんと見直して、各仏典に整合性をあわせていることはとても大切なことです。 近年の仏教学の傾向は各部派の律蔵から共通の認識だけを取り出して、元の思想を取り出すという方法論をとっていますが、これは、元々釈尊が言ったであろう資料があまりに少なすぎるからです。それどころか、阿含経典さえも作られた(編纂された)可能性も否めない。 大乗経典は、作られたか、作られていないかといえば、作られた経典です。阿含経典の多くもそうでしょう。とはいえ、きちんと原始的な思想がトレースされているかも検討したうえで、何が言いたかったのかを考えなければいけませんね。きっとその中には、その部派にのみ残された伝承なんかもあるでしょうから。

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>(阿含経)のみが釈迦直説の真理の経典であり、大乗経典は誰が作ったのかもわからない、想像力で創作された偽の仏教経典であると主張しています。 こんなことを言う僧侶は、バカだと思って間違いないです。 信者を逃がさないようにするための嘘です。 もうバレバレの古典的な洗脳手法ですよ。今どき、そんなやり方すれば逆に信者が離れることがわからないバカですよ。 お経はそれぞれ大切なことが説かれているのに、阿含経しか読んだことのない僧侶が偉そうなこと言ってんなーーーーとしか思えないですね笑

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お釈迦さんが言うには、自分が言ったことが正しく伝わってるのはないそうだ 一番近いのが修証義だったかな ほかのお経は関与してないんだとさ 大体あんなに大量のお経を作れるわけがないし、当時でも道徳をといてただけです 宗教ってのは、人を集めてなんぼの営業が必要だから ありがたいお経があれば人が集まるわけですよ それと釈迦が説いたのはこうに違いないという人たちが、次々にお経を作るわけです 営業努力の結果です いろんな宗派があるのがその証拠です 大体自分が幸せになりたいという目的があるなら仏教なんかやらないほうがいいのにねぇ 釈迦の心理なんて、道徳的に生きろでしかないよ そうしたら死んだら極楽にいけるってだけです