三国志の姜維はひたすら守りを固めるべきだったとか、内政を充実させるべきだったとかいう意見があります。

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姜維の度重なる北伐が蜀の国力を疲弊させ滅亡を早めたという評価が、ほぼ同時代を生きていて正史の作者でもある陳寿などにあり一般的です。 そもそも蜀の国力は魏より大きく劣っており、北伐で攻めるなど厳しい賭けの要素があまりに大きい。 蜀を長生きさせるなら天然の要害があるため守りを固め内政を充実させて魏の政府の混乱を待つのが上策です。

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ジリ貧はドカ貧に勝ること数等なり。 連戦連敗で兵士を死なせ過ぎ、漢中全体の防衛(と住民の保護)を諦めていくつかの主要な城だけに集中して立て籠もることしかできなくなった史実に比べれば、遥かにマシです。

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孔明は漢中の砦や倉庫などへ食料や武器などを備蓄していました。 北伐する場合はそれを使わず、北伐用として使用する食料や武器などを新たに持ち込んで北伐を行っていました。 作戦が終了して漢中のそれぞれの配置場所へ戻っても、備蓄がしっかりしているので魏軍が攻めてきても各砦の連携作戦や籠城戦・長期戦も可能でした。 ですので、魏軍も本格的な攻勢に出られなかった面もあります。 姜維は漢中の砦内や倉庫内にある備蓄を持ち出して攻勢を行っていました。 攻撃がうまく行けば良いですが、上手くいかなかった場合は漢中の守りは手薄になって備蓄も減らしていきます。 魏や鄧艾は漢中のそういった状況から食糧や武器などを備蓄し本格的な攻勢を計画したのかもしれません。