大東亜戦争は「米国による一方的な戦闘で負けた。戦力で圧倒的に劣る日本は全く反撃ができなかった」といったイメージがないですか?

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日本軍が唯一勝てなかったのは、米軍一国のみであった。しかし、日本軍はミャンマー(旧ビルマ国)を占領し、インドに進軍して英軍を蹴散らし、コルカタ(旧カルカッタ)を一六回も空襲し、インド洋の英領アンダマン諸島、ニコバル諸島を占領し、スリランカ(旧セイロン)のコロンボ、ツリンヒマリを大空襲し、インドネシアのオランダ軍をあっという間に降伏させ、インドシナのフランス軍を一蹴し、米国アラスカ州アリューシャン列島ウラナスカ島ダッチハーバー米海軍基地を大空襲して大戦果を挙げ、アッツ島、キスカ島を占領し、ハワイ諸島やミッドウェー諸島を攻撃し、潜水艦部隊は、カナダのバンクーバー島エステヴァン岬にあるカナダ軍無線羅針局や米国アストリア市のフォート・スティーブンス陸軍基地や米本土を複数回直接砲撃及び空襲し、米国西海岸沿岸で通商破壊戦を繰り広げ、中部太平洋のハウランド島及びベーカー島の米飛行艇基地を砲撃し、インド洋のココス島を砲撃し、ソロモン群島のヌデニ島のグラシオサ湾の飛行艇基地及びエスピリサント島の飛行場を砲撃し、アフリカのマダガスカル島の軍港ディエゴ・スワレス湾にて英戦艦「ラミリーズ」を大破せしめ、給油艦「ブリティッシュ・ロイヤルティ」を撃沈し、上陸して英軍と一戦を交え、インド洋方面のベンガル湾、モルディブ諸島近海、アラビア海の北部からペルシャ湾の入口、アデン海湾やアフリカ東岸中部のモンバサ沖、モザンビーク海峡まで潜水艦部隊が交通破壊戦をし、マスカット港内に潜入して撃沈させたものもある。オーストラリアのポートダーウィン、ウィンダム、ダービー、ブルーム、ケアンズを空襲して大戦果を挙げ、一部の島に上陸し、シドニー港を攻撃し、潜水艦部隊はオーストラリア本土を複数回直接砲撃し、満洲、樺太、千島列島のソ連軍に大攻勢を掛け、各地でソ連軍を撃ち破り、世界の半分の地域で連合国軍と交戦した。北海から熱帯まで数万キロを越え、五つの大陸と七つの海に日本軍の軍靴の足音が轟き、空には荒鷲の羽ばたきがあった。当時、陸と海洋を含めれば、世界一の領土を保有していた。日本軍は開戦から一年や一年半は、圧倒的に優勢だった。日本人は戦争に負けたという負い目を戦後ずっと引きずっているが、日本国が出来て米国軍との戦争に一回だけ負けただけだ。

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いいえ、しっかり反撃はしました。軍部は終戦にするつもりはないとしていました。 しかし、その反論もむなしく天皇陛下の玉音と宣言受け入れで終戦になりました。 「私は貝になりたい」の主人公は囚人への虐待いわゆるBC級戦犯です。 条約違反とも言います。戦争には規則があって日本は捕虜への虐待を禁止したハーグ陸戦条約(1911年)を批准していたんでね。