徳川慶喜は将軍なのに官位は中納言止まりだったのですか?日本のトップなのだから大納言とか太政大臣と言った肩書きがふさわしいと思いますが宮中の評判が悪かったのか将軍の官位は皆そんなものですか

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慶喜は将軍後見職時代は権中納言でしたが、将軍に就任すると権大納言兼右近衛大将に叙任しています。 さらに大政奉還3週間前には内大臣に昇進しています。 大政奉還時は征夷大将軍、内大臣兼右近衛大将でした。 基本的に徳川将軍は将軍継嗣に決定して元服すると権大納言就任、将軍になると内大臣となり、その後は在位期間によって昇進していき、右大臣となります。 その後、顕著な功績があった家康(隠居後)と秀忠、在位期間が非常に長かった家斉の3人が生前に太政大臣に登っています。

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慶喜は内大臣まで昇っていますよ。

先週の大河ドラマか小説、最後の将軍の中で、大政奉還、小御所会議のところで中納言と呼ばれていたように覚えていますがその後で位が上がったのでしょうか?