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2021/8/4 10:33

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キリスト教とクリスチャンの始まりはいつからですか。 ①聖書の4福音書(マタイ/マルコ/ルカ/ヨハネ=イエスの教え/AD33年前後1世紀)から

補足

①②から④⑤までの期間は、新約聖書と手紙等の写本は数多くあったそうです。エフェソス、ギリシャ、ユダヤなど各地にはクリスチャン会衆も多数あったと思われます。

哲学、倫理 | 宗教149閲覧

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質問者2021/8/4 12:37

ペンテコステ(AD33年)では弟子たちに聖霊が注がれ奇跡的に外国語を話したと書かれていますね。ありがとうございます。 私は、一般人から見れば①も普通はキリスト教とクリスチャンに関する出来事と多くの人は思っていると思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

一般人から見れば①も普通はキリスト教とクリスチャンに関する出来事と多くの人は思っていると思いますので、①と②両方で良いと私は思いました。 キリスト教とクリスチャンの始まりというなら、イエスキリストからと誰でも 普通は思うので。 みなさまありがとうございました。

お礼日時:8/5 6:40

その他の回答(5件)

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イエスの真の弟子たち(聖霊のバプテスマを施された者たち)のクリスチャンのキリスト教と、イエスの昇天後約75年後(ダニエルの預言)のキリスト教は全く違うキリスト教です。 イエスが預言した、サタンが光の使いに変装して闇の夜の世界のキリスト教になっているのです。

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質問者2021/8/5 6:27

ありがとうございます。

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あくまでも、ナザレのイエスが実在したと仮定してのお話です。 ナザレのイエスはユダヤ教徒。 弟子もユダヤ教徒でした。 サウロもユダヤ教徒でした。 弟子やパウロがヘレニズム世界に伝道に赴いた頃から、ナザレのイエスを救世主と信じるこれらの者達のことを被伝道者の一群が、ユダヤ教徒と区別してクリスティアーヌスと呼んだのです。 ですので、具体的な線引きは難しいでしょうが、②が妥当だと思います。

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質問者2021/8/5 6:28

厳密には②でも良いのかもしれないと思います。ありがとうございます。

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ユダヤ教の聖書(ほぼキリスト教の旧約聖書)の元が書き終わる。 (BC100年頃) ・ イエス処刑死:AD30年頃。 ・ イエスをキリストとする新約聖書の元が書かれた時期。 [テサロニケ第一第二] AD50-52年頃 [ガラテヤ] AD53-54年頃 [コリント第一第二] AD54-55年頃 [フィレモン] AD55-56年頃、 [フィリピ] AD56-57年頃、 [ローマ] AD56-58年頃、 [コロサイ] AD60-61年頃、 [エフェソ] AD60-62年頃、 [マルコ福音書] AD70年頃 [マタイ福音書] AD80-85年頃 [ルカ福音書] AD90年頃 ・ キリスト教内にて何を旧約聖書にするかは …AD50年~AD90年の間にほぼ決まって行ったと思われる。 ・ ユダヤ教内にて何がユダヤ教の聖書かが決まる。 (AD90年) ・ [使徒行伝] AD90-95年頃 [へブライ] AD95年頃 [ヨハネの黙示録] AD95年頃 [ペテロ第一] AD95年頃 [ヨハネ福音書] AD100年頃 [ヨハネ第一第二第三] AD100年頃 [ヤコブ] AD100年頃 [ユダ] AD100年頃 [テモテ第一第二] AD100年頃 [テトス] AD120-140年頃 [ペテロ第二] AD150-160年頃 ・ AD325年ニケーア会議で何がキリスト教の正統なのかが決まる。 ・ AD397年カルタゴ会議で西方教会(ローマカトリック)側で 何が新約聖書なのかが決まる。 (東方正教会側ではヨハネの黙示録は10世紀になるまで 新約聖書に入れるかどうか決まらなかった)

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質問者2021/8/5 6:33

1世紀から4世紀までに聖書写本(現在と同じ一般的新約聖書)は十分に広く規定路線/デフォルト/スタンダードのように広まっていた可能性が高い気がします。ありがとうございます。

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教会の始まりが、ペンテコステ以降と言われてます。 ペンテコステは、昇天後49日後だったと記憶します。 キリスト教の始まりを何処に置くか?になります。

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質問者2021/8/5 6:34

ありがとうございます。

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ローマが国教にする以前、キリスト教の始まりは主の洗礼と考えられていて、1月6日にそれが祝われていました。 アルメニアは301年にキリスト教が公認・国教化されましたが、この際には現在のクリスマスが設定されておらず、現在でもアルメニア教会では1月6日に降誕と洗礼を同時に祝っています。 しかし、その後キリストの養子論、ドケチズムなどとは違うということで、キリスト教の起源はキリストがこの世にお生まれになってからという必要が出てきて、新年を挟んでその前にキリストの降誕の祭りが設定されました。これが現在の12月25日のクリスマスです。 というわけで、現在の教会の考え方でいうと、降誕がキリスト教、つまりキリストによる救いの業のスタートということになります。 ただ、教会のスタートは聖霊降臨ということで問題ないと思います。 ブリザードFoxさんは、あたかも福音書が決められたのが、教会にとって決定的な出来事であるかのように記述される傾向があります。それはプロテスタントの人間として仕方がないことなのかもしれません。 しかし、当の教会が「我々がこのように福音書を決めたので、これが記念すべき日である」という記録を残していません。そういう祭りもありません。 教会が決めた祭りは、降誕祭、洗礼祭、復活祭、ペンテコステ、十字架挙栄祭などです。そうした祭りと並列に扱われるような事柄ではなかったということです。事実あなた自身、年号や日付を特定することすらできないではありませんか。 何も明らかにされていないご自分の勝手な主張を無理やり既成事実のように投稿されるのは正しい行いではありません。

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質問者2021/8/4 11:46

参考になりました。ありがとうございます。とりあえず①~⑤、1世紀~4世紀の間でしたら、だいたいどの辺になるとお考えでしょうか。そして、その時のイベントは何かありますでしょうか。