ニホンオオカミがいた頃、一般人は山にはあまり行かない感じでしたか?たいした危険はなかったんですか?熊とオオカミの力関係はどうでしたか?オオカミだけ絶滅したのは何故ですか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さまありがとうございました。

お礼日時:9/15 9:15

その他の回答(8件)

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そもそも二ホンオオカミの生態がよくわかってない。後世に伝わってないです。数枚の絵巻や骨が残ってる程度。おまけに山に話した野犬もあるので。 野犬とオオカミがごっちゃになってます。 永遠に分かりませんよ。

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北海道に居たエゾオオカミは大型なうえに大規模な群れをつくるので人を度々襲っていたようだが、ニホンオオカミは小型で群れの規模も小さく人を襲う事はほぼ無かったので無いかと考えられている。 明治以降に狂犬病の撲滅やエゾオオカミと混同されたりしたことで駆除されるようになり絶滅に追い込まれたようで。

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因みに上の人が野犬の話を持ち出したが、実は日本のオオカミをめぐる謎の一つに「ヤマイヌ」という謎の存在がある、この「ヤマイヌ」オオカミと混同されている別種じゃないかという指摘があり、実際にヨーロッパの博物館に残されるニホンオオカミのはく製には「ヤマイヌ」と書かれているが、資料にはヤマイヌとは別にオオカミが存在すると書かれている。 ここからの推察で、 ①ニホンオオカミのオスをオオカミ・メスをヤマイヌ(逆の可能性もあるが)と勘違いしている ②ニホンオオカミがヤマイヌでオオカミというシベリアオオカミ系の別のオオカミ(エゾオオカミの仲間)が本州にも生息していた 等々の様々な仮説がある。

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明治くらいまで生存確認していのは確かで 当時の日本人の総人口は2500万人くらいで工業汚染などもなく道を作り生体系に異常が起こるほどに道路工事を山の中で行なってはいない。乱獲も聞いた事もないし、本当になんで絶滅したのだろう?

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秩父や川上佐久地方では、家で寝かせていた子どもがオオカミにさらわれたらしい被害が、記録されています。川上犬は強くオオカミに対抗できる犬種でしたので、熊対策も兼ねて、山に入る時は頼りになったそうです。狼は群れをつくれなくなると、繁殖できなくなるのでは。人口増加や養蚕に伴う開発や、明治に流行った犬の疫病で個体数減少が起きたのが引き金でしたでしょう。熊は単体で行動し、雑食で木の実等でも生きることができ、また疫病が無かったようです。熊山と犬山とが分けて認識がされていたようですから、熊とオオカミも多少の棲み分けがされていたかもしれません。野犬の群れ以上には、脅威はあったでしょう。

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ニホンオオカミは小型で、人を襲うことは無かったと思います。 しかし、家畜などは時々襲われることがあったと思います、 クマとオオカミは狩りのライバル関係だったと思います。 オオカミの絶滅理由は、明確ではありませんがイヌ科の伝染病が蔓延した為に、かなり狩りで処分されたようです。 つまり、伝染病と人間の狩りによって絶滅したと思われます。