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熊野古道の「熊野」の語源は何ですか? 日本語の「熊野」や「神」は「高麗」や「高句麗」が語源ですか? コマ→クマノ ですか? 確かそういう説を言ってる人が居ました。

回答(7件)

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現存する日本最古の歴史書の古事記の成立が西暦712年、そして二番目に古い日本書紀の成立が西暦720年。 一方現存する朝鮮最古の歴史書の三国史記は西暦1145年、二番目に古い三国遺事に至っては13世紀末の成立。日本で言えば鎌倉時代になります。 すなわち、朝鮮半島には、古事記よりも古い記録が無いので、関係性は「わからない」のですよ。 もっとも、朝鮮半島は関係ないようですけどね。

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素人ですが、 no_さんが言われるように、 熊本県 も 隈本 だったのを、加藤清正が「隈(すみ)では 良くない」ということで、熊本 に改名したそうですし、 中央から見た 辺境 という意味だったのでは?

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サノのミコト(神武天皇)が紀伊の熊野にお出でになったとき、急に大熊が現れ、ミコトが病に罹られたという古事記の記事がありますね。この地は山奥であまり人が住んでいない地域だったらしく、古くから熊が出没したので「熊野」と呼ばれたのか、この神武天皇の話がもとになって、後世に「熊野」と呼ばれるようになったのか。 しかし「クマノ」という地名は出雲にも有名なのがあるし、奈良盆地の周辺にも、そう呼ばれる土地がたくさんあります。いや、全国にもきっとあると思います。広島にも熊野町というのがあるし。 「くま」という古語には、①「勇猛な」という意味と、②「曲がり込んでいる」、③「密になって奥が見えない」という、およそ3つの意味があります。おづれも古い語で、漢字渡来以前からある語でしょう。 だから高句麗を①勇猛な民族という意味で、クマ=コマと呼んだ可能生は必ずしも否定はできない。高句麗は朝鮮三国の中でも最も凶漢であり、大和朝廷に朝貢しながら、あまり忠実ではなかった。 地名の熊野は②か③の意味でしょうね。熊野は紀伊半島の曲線状の海岸線に囲まれた地域である。また人口の少ない、開かれていない土地でもある。

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韓国語に古代日本語の起源を求めるのはあまり意味がありません。 日本では奈良時代に編纂され、当時の日本語の発音を遺すために苦心惨憺した『古事記』がありますが、朝鮮半島最古の歴史書『三国史記』は平安時代に書かれた漢文です。 つまり古代朝鮮語がどんなものだったかなんて誰にもわからない。

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