古典 品詞分解について 枕草子の 炭櫃に消えたる炭のあるして、『草の庵を誰かたづねむ』と書きつけて、

補足

すみません。 連体修飾格ではなく、同格と書こうとしました。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん、ご回答ありがとうございました。

お礼日時:9/20 14:45

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ここの「の」は主格です 訳は「炭櫃に(すでに火が)消えている炭が(まだ燃え残ってそこに)あって、その炭で」となります 同格という説明は安易です 以下、詳説します 「炭櫃に」はどの用言文節にかかるのかと言えば、「消えたる」ではなくて「ある」です 従って「の」は主格を示し、「炭がある」という文意であると説明するのが自然です 炭櫃の炭は、全て燃え尽きて全てがすっかり灰になっている場合も多いのです 一方で、その一部が燃え残る場合もこれまた多いのです 「炭櫃に消えたる炭」とまで書けば、それは炭であって灰ではなく、炭がそこに「ある」のはもう自明のことなのです わざわざ「のある」を修飾として付け加える必要は全くありません 筆者は「たまたまこの時には燃え残りの炭があった」と書いているのです そう読むのが文学を正しく読むという事です かりに「炭櫃に消えたる炭の燃え残りてあるして」と書いてあるなら、同格という説明は適切です また、かりに「炭櫃に消えたる炭して」と書いてあるならば、「炭櫃に」は「消えたる」にかかり、「のある」は最初から不要です 「炭櫃に消えたる炭のある」が、「あり」が連体形となることで全体を名詞化し(連体形の準体用法)、格助詞「して」がその名詞節を受けています 「あり(存在する)」という表現は意味的にわざわざ補う必要が全くない表現なのです 文法的にその説明の方が簡単にできるという理由でそれを選ぶのは、文法ではなくて文学を教える者の姿勢としては下の下です たとえそうすることが煩雑な説明になろうとも、表現者の意図や思いを正しく理解しふまえた文法説明をすべきです

忘れてました 「か」は疑問です、どちらかと言えば 反語という解釈も立派な解釈でしょうが、ここは疑問で十分ですし、その方が意味に含みが生まれます ここは大人同士のハイレベルな知的応酬ですから、反語・疑問どちらとも考えられ、逆に言うとどちらにも決め難い意味合いで考えるべきです 白氏文集の「蘭省花時錦帳下、廬山雨夜草庵中」をいきなり引用して清少納言に謎かけし、清少納言は即座に漢詩を和歌に翻案して答えたのです その見事さを味わうべきであり、【「か」が反語か疑問か】などというのはまさに愚問です 相当の文学音痴でなければそんな設問は出しません