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2021/9/18 18:39

77回答

お尋ねします。 靖国神社を政治家が参拝することを批判する人やイスラム教は危険だから礼拝堂を破壊しようとする人など海外には宗教の自由を認めない人がいます。

補足

皆さん、些事な事柄に囚われすぎなように見受けられます、宗教の自由を認める多様性な日本になるようになって欲しいです。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

是非日本には宗教の自由が認められる国になって欲しいです。 そして韓国や中国にも宗教の自由を認めるという概念を持って欲しいです。

お礼日時:9/25 23:52

その他の回答(6件)

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レーニンの歴史循環論に依るなら、日本は再び過ちを繰り返すことになっているので、駄目ということでしょう。イスラームは現在進行形で過ちを犯しているから日本のリベラルは寛容なんですね。 少なくとも歴史は繰り返す、というレーニンの戯言を日本のリベラルは信奉していますから、現在進行形の虐殺には基本無頓着ですね。

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一般人が参拝しても誰も咎めないでしょう。 靖国神社にA級戦犯が祀られているため、そこに国会議員が 参ることは、政治家が犯罪的な政策で日本国民300万人を殺し、 米英仏中の多くの人々を殺した戦争を扇動した政治判断に、 政治家の責任なしと表明する行為だからです。 今、国会にはA級戦犯と関係の深い者たちが多くいて、 それを支持する団体もあり、それらに対するパフォーマンスと して終戦日に靖国に参拝しているのでしょう。 A級戦犯が扇動した戦争で多くの国民を殺された米英仏中の指導者は 指導者は靖国神社に参拝する国会議員を軽蔑し、外交配慮のない 愚か者として相手にしません。 戦争で亡くなられた兵士、民間人の冥福を、本当に祈る人々は 千鳥ケ淵戦没者墓苑、先人の墓、亡くなられた戦地において、 冥福を祈ります 靖国参拝を支持す人々は、本当の知識をもたない者が多い。 90年前、多くの人々(若者が多い)を勝てる見込みのない 戦争にかり出し、 戦争で死ぬことを軍部が正当化する理由として 「戦地で死んで靖国神社で合おう」を合言葉にし 国民に赤紙(招集令状)を渡し、兵隊で死ぬことを強要した この靖国神社と言う言葉で子供を戦地に送られた親の多くは 靖国神社という言葉を忌み嫌った 戦地の若者、兵隊も、死んで靖国神社で合いたいわけではない 故郷で家族、恋人と過ごしたいのを、軍部が引き裂いた この戦争を扇動した中心人物がA級戦犯であり、極東軍事裁判で 裁かれたのである 昭和天皇も最後まで日米開戦に反対したが、A級戦犯らが マスコミ、国民を扇動し戦争に突入せざる得ない状況にした A級戦犯は日本国を滅ぼす政治判断(日米開戦)をし その間違った政治判断を戦争が劣勢になっても改めず その結果 日本国民300万人が殺されたから悪いのです 靖国神社にA級戦犯が1978年に新宮司の松平永芳によって合祀 された。それまでの宮司である筑波藤麿は天皇陛下の意向を理解 していたので合祀を行わなかった。 松平は元陸上自衛官で福井市の郷土歴史博物館の館長であった。 この神職の資格を持たない者を宮司に据えてA級戦犯は合祀され 昭和天皇は彼らの合祀を非常に不快に思い、1975年以降、靖国神社に 天皇家は参拝しなくなりました。 靖国神社参拝を支持するのは、A級戦犯、B級戦犯ら、当時の政治 に関わった者たちの関係者で、名誉回復を意図でやっている 靖国神社に参拝する国会議員も、その関係者が多い。 靖国神社に参拝するということは、先の戦争を扇動し多くの国民を 殺したA級戦犯に頭を下げる行為であり、どんな犯罪的な政策で 多くの国民を殺しても、政治家には責任なしと認めることになります 知識のある日本国民は、A級戦犯が合祀された靖国神社に参拝など しません。

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別に靖国神社に政治家が参拝してみいいんですよ。問題となっているのは閣僚の参拝ですね。 靖国神社は先の大戦の戦争犯罪や侵略戦争を認めていません。逆に日本政府は戦争犯罪も侵略戦争も認めています。反政府思想の宗教施設に参拝するから、その閣僚も反政府思想だと問題視されるわけですね。

宗教の自由は認められるべきですが、政府閣僚が反政府的思想ましてや条約で各国と取り交わしたら事項の正反対の思想を持つ施設に参拝するのは、さすがに日本国民だけでなく各国政府も黙っておけませんよね。

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ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は一神教であり、他の神を認めません。 とくにイスラム教は勧誘されたのにイスラム教に改宗しないことも、イスラム教から他の宗教に改宗することも禁じており、原理主義的な解釈をすると、違反者は死刑です。 多様性というのは、各々が自分に都合のいい多様性だけを他人に強制する意味で、現在は使われています。 本来の多様性は、容認することであり、新たな権利を与えたり、特別な配慮をすることではありません。 しかし宗教の教義としては、自ら信ずる神を否定するものを容認することが耐えがたい場合が多く、宗派が異なるだけで、戦争までしているのに、容認などトンデモナイと考える人は非常に多いです。 宗教観念の低い日本人が、最も多様性に富んでいるのは、他国の神も日本風にしてしまう神道の考え方が根本にあるからなのでしょう。

ちなみに、ABC級戦犯の方々は、 1958年(昭和28年)の8月3日に衆議院本会議にて ・自民党 ・旧社会党 ・共産党 を含む『全会一致』で、赦免が可決されており、 日本国において、戦犯者はそれ以降既にいないというのが、与野党全てを含む日本国の公式見解です。

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その答えは 過去の日本人にあります 明治維新後、 日本は国策として 国家神道を進め、 仏教を弾圧しました 廃仏毀釈 これらが解消されたのは? 日本の敗戦、降伏 連合国の統治によるものです