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耳なし芳一についてなのですが、芳一の耳の喪失が意味することとはなんですか??

文学、古典743閲覧

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回答(4件)

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『耳無し芳一』の元ネタは「臥遊奇談(1782)」の中の一短篇『琵琶の秘曲 幽霊を泣かしむ』 その結末の一文(現代語訳)は 「芳一の琵琶はこの後ますます技量が高まり、世間はそれを“耳切れ芳一”の琵琶と褒めそやしたという。」 これが小泉八雲ことラフカディオ・ハーン著『耳無し芳一(1904)』では (日本語訳) 「この不思議な事件の話は諸方に広がり、たちまち芳一は有名になった。 貴い人々が続々と赤間ヶ関にやってきて、芳一の演奏を聞いた。多くの金品を贈られ、芳一は大変な金持ちになった。彼は“耳無し芳一”の名で世に知られることとなった。」 自身が片目で視力の弱かった八雲は芳一に強く感情移入し、この話は特にお気に入りでした。そして芳一に全国的な名声だけでなく、富も与えています。 ネットもTVもCDもラジオも無い時代。名演が視聴したければ、どんなにエラい人でも足を運ぶか、招待して来てもらうしかありません。 もちろん芳一の噂を聞けば、平家のあの!名高い亡霊たちを泣かせた名演奏が聴きたい!ぜひとも本人と話したい!生きてるうちに聴かなければ!アイツより先に聴かなければ!と思うに決まってます! 耳朶という反響板を失えば、音が来る方向が判らなくなる。盲人にはさぞ不便かつ危険なことでしょう。 しかし逆に、彼はもう外界の音に煩わされることなく、内なる音を発することに集中できるようになったともいえます。 もういくらでも付添人やボディガードを雇えます。なにより音楽で人を感動させ、成功をおさめるきっかけになったのです。芳一は、払った犠牲以上のものを手にしたのではないでしょうか。こうなりゃ“耳無し”こそアーティスト芳一のトレードマーク。 元は短い古い話で「耳の喪失の意味」は断言できません。八雲は単純に芳一を幸福にしたかったのかも。 (加筆して再投稿しました)

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解釈はいろいろ可能です ご自由にされたらよいかと思います 説話としての意味は明らかで、「平家の怨霊は実在していた証拠」として語られる必要があったという事です そのためには、目であれ、耳であれ、鼻であれ、陰部であれ、部位はどこでも良かったのです 部位として耳が最も適当な場所であったから、採用されたという事です 髪の毛は最初からありませんが、自分で剃ることだって可能です 話の事実を証明するために人の耳たぶをちぎる人はいません 耳といっても耳たぶだけで、実害が最も少なそうです 目や鼻、陰部などでは残酷に過ぎて、物語の印象や解釈を損なう恐れが強くなってしまいます

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身体はこの世に残して、耳だけを異界に持ち去られてしまった芳一は、異界に連れていかれそうになりながら、奇跡的に戻ってくることのできた人ということになります。 昔の人の感覚では、現世と異界との境界は不分明で、ごく日常の世界のように見えても、ある特定の時間帯には、意外なところに異界への入り口が開いて、異界のものがこの世に越境してくることがありました。 芳一の耳は、和尚がお経を書き忘れたという、ちょっとした油断のために失われました。そこには、人はほんの偶然によっても、異界へ連れ去られてしまうものなのだという、昔の人独特の教訓が含まれています。 用語が不適切だったので、いったん取り消して、再度回答しました。

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こんにちは^ー^ お教を書き忘れたことからの手落ちにより喪失したので油断ということでしょうか? そして気がつかない急所こそ目立ってしまうという危機意識への注意喚起かもしれません。