戦国時代に三段撃ちが無かったという話は本当ですか?

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鉄砲を打ち終わった後、次の手順となります。 ① 銃口から棒状のもので銃身内を掃除する。 棒を引き抜いてから、銃口を下に向けて揺する。 ② 火薬を銃口からいれて、棒状に物で軽く突き固める。 ③ 銃口に鹿皮を当てて、更に鉛玉を銃口に押し込む。 ④ 銃口から棒を突っ込み鉛玉を火薬の所まで押し込む。 棒を引き抜く。 ⑤ 火皿に点火用の火薬を載せる ⑥ 火縄を装着 ⑦ 狙って引き金を引く 三段内をやろうとすると、一番遅い撃ち手の準備完了を待つことになってしまう。そんなことはしないだろうと言う推定だと思われる。私もそう思う。準備出来次第撃ったと思います。

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三段撃ちはあったでしょうが、果たして何人が同時に撃つことが出来たでしょうか大きな疑問が上がってきます、高性能な銃ならしも、火縄銃では、最終的にはバラバラの三段撃ちになったと思われます。むしろそれの方が各自が慎重に独断でうつことができ成果は上がったと思います。無かったと決めつけるのは戦闘と言うものを知らない者が思うことで、とにかく撃つという行為を続けることが兵士の安心感と精神の安定につながるのです。私のベトナムでの経験で申しているので、話は流してください。

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あった証拠がないから無かっただろうというのと、そもそも兵力が織田方が多いので鉄砲が1000丁もあれば楽に勝てるから必要ない。 武田方10000人位がいっぺんに殺到できればよいが、地形が狭すぎて殺到できず順番に攻撃している。だから八時間もかかっている。一度に攻撃するのが1000~2000人なら鉄砲1000丁で十分。狭い地形なら誰かにはあたる。

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長篠・設楽原の戦いにおいて、三段打ちが行われた と記載されているのは、江戸時代に入ってからの文書。 当時の資料によると、約8時間にも渡る戦が行われた。 馬場信春隊に関しては、木柵に向けて3回にわたる突撃をしている。 武田側が、柵を破って、戦ったという記述もある。 三段打ち。それだけの連射が行われていなかったという説は、こうした記述との照合性を考えると間違っているという話から。 また、実際に三段打ちをすると、 手渡しする際に、火縄が別の銃の火薬に近づいて、火薬に点火。 誤発射する可能性が高いことが分かったから。

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射手が三段に構えると移動に時間がかかるので、三丁の銃を 一人の射手が専門に撃ち、二人が玉込めを担当すると効率的 に発砲出来るので一般的に用いられました。