スピリッチャルの世界では前世の業が深いと、前世で悪い不徳なことばかりすると今世、不遇で不幸な人生を歩むと言われています。

1人が共感しています

ベストアンサー

0

ThanksImg質問者からのお礼コメント

頑張ってね徳を積みます!ありがとうございました。

お礼日時:10/16 17:52

その他の回答(8件)

0

こんにちは。「tyran」です。 クラップラーさん、あなたは「馬鹿」ではありません。 人間が馬鹿であれば、「来世」や「前世」にことを考えずに「愚行」を重ねるだけです。「反省」出来る人は馬鹿でもアホでもありません! さて「カルマの法則:業の法則」が、この世「現世界」にあるかと問えば、これは「因果の法則」と共に有るものです。 「物理学の法則」にも「作用反作用の法則」があるように、ある方向に「作用」として力を及ぼせば、同じだけの力が「反作用」(反動)として返って来ます。 この世は「命と物質の世界」ですが、同時に「エネルギーの世界」でもあります。「やったことは己に返って来る」、いつだって「エネルギー」は、出された所に返って来ます。「いってきます」「ただいまぁ」となる。 よく言いますね。 死後、生前の行いは「善行」と「悪行」の量で計られて、「善行」の方が多ければ「天国」に行き、「悪行」の方が多ければ「地獄」に行くと。 でも上記の話は少し違います。 「善行」と「悪行」の「計り:天秤」は、別々で「善行」は「善行を計る天秤」としてあり、「悪行」は「悪行を計る天秤」として存在していて、別々に計られます。 例えば「善行を沢山積めば、その分、悪行の分が差し引かれて罪が減るのか?」と問えば、答えは「NO」です。「善行を積んでも、その分、罪が消えるわけではない。」となります! 「罪」とは、自分や他人に「苦痛」を与えることです。 そして「罪」が消えるためには、与えた自分が「苦痛」を身に受けて、痛みを味わい、その分「解消」されるわけです。 「前世」で他人の「腕」を刀で切り落とした人物は、「今世」に生まれて、「腕」を切り落とされて「前世」の罪は「解消」されます! (現代においては「刀」ではなくて、作業中「鉄骨」に挟まれて「腕」を失うなどです) 「罪」に「やり逃げ」は無いのです。 「罪」がある限り、その「罪のエネルギー」は転生した人生で身に降りかかります。人は、自分の行った事からは逃げられない。 また「善行:善徳」は、良いことを積んだ分だけ「善行の果報」として、身に受けることになります。つまり「悪」は「悪」で返ってきて、「善」は「善」で返って来るわけです! さらに「今世」で「悪人」だった場合は、「前世」でも「悪人」です。 「悪人」「悪人」「悪人」「悪人」…と、ずっと「反省」しないで転生して来た人間もいるわけです。 「反省しない」ほど「愚か」なことは無いです。 不幸・不運が降りかかろうと、自分の行いをかえりみないわけです。 それから「偶然」と言うものも無く、この世で起こされるすべての「現象」には、必ず「原因」があって、理由もなく起こされる「現象」はありません!当然、すべて「必然」です。 物事を何でも「偶然」と思ってしまうと、そこからの「思考」が出来なくなります。「因果の法則:カルマの法則」も理解できず「過ち」を繰り返すことになります。 「一切必然、天地一切天地の声」です。 人間は「悪業の在庫」が無くなるまで「輪廻転生」を繰り返します。 「カルマの解消」のために転生されてる意味合いもあるわけです。 人間が生まれて来る目的は、主に三つあります。 ①「カルマの解消」②「使命を果たす」③「悟りを開く」、これらの三つです。 波乱の人生から「苦痛」を味わい「カルマの解消」が進み、「天」から与えられた「使命:天命」を果たされて多くの人々を救い、最終的に「何かに気付く:悟りを開く」わけです! ①②③は、人生の中で同時に進められて行きます。 人間の「魂:真我」のレベルが、第8次元「仏界:如来世界」にあって、すなわち「魂」の「ホーム」が「仏界」にあるので、悟りを開けないまま人生が終わって「霊界」「天上界」に帰っても納得されず、ゆえに「彼岸世界:雲の上」にて、数百年「お休み」された後、この世に「転生」されて、人生で気付きを得て「悟り」を得られるように「魂」は人生を導いておられるわけです。 悟れないまま人生が終われば、また「やり直し」として生れ落ちて来られる。人間は人間でい続けるために人間として生まれているわけではなくて、人間を卒業するために人間として生まれて来ているわけです。 「人間の卒業」とは「悟り」を開いて「仏陀:目覚めたる者」になることです! 人間に出来ることは、何事にも「感謝」しながら、時に「反省」して「罪」を作らないように生きることであり、「使命」を果たして、多くの「気付き」から「悟り」に至ることです。 「悪業の在庫」は「苦痛」を身に受けないと消えない(減らない)ので、「罪」を増やさず「罪」から離れて生きるべきです。 以上です。 ありがとうございました。

ありがとうございます。他の人の回答にもある通り。自分の前世が何者かは分かりませんが、できれば前世で悪行を積んでいないことを祈りたいですね。 自分も以前にとある宗教に在籍していましたが、まあ何と言うかこの秘技を受ければカルマが浄化できるとか、そんなのばかりでしたね。

0

私はあんまり関係ないと思うけどな。 まぁ関係あったとしても与えられたことに対して対処していくしかないと思うよ。 カルマ浄化っていうか、単純に気づいてほしいだけだと思うよ。 こういうことするとこうなるんだな っていうシステムを理解してほしいだけだと思うよ。 前世で色々しちゃったとして、今世では普通なら100個のところ、あなたは試練を500個!! とか言われたとしても、 今から100個にしてくれませんかねーって言っても仕方ないし。 来世では50個になるようにしたいなーってのもエゴでしかないですしね。 来世50個か350個なのかわからんけど、それを決めるのは私らじゃないし。 とりあえず与えられたものを消化していけばいいんじゃないですかね。 余計なエゴを挟むから、結局システム理解できないわけですしね。

0

あなたの前世が、どのようなものだったかは分かりませんが、 今世、前世の償いをしたいと思うなら、まず、自分の周りの人を幸せにすることですね。 そして、人を創ることです。 人を創るとは、あなたが、良い人材を育成し、その人を世に出していく事です。 自分の業をなくしたいとか、死ぬときに悔いを残したくないとか、と言う 自分のための懺悔なら、やらない方がまし。 (故)丹波哲郎さんもおっしゃっていましたが、 明るく素直で暖かい心で、人を生かす(活かす)ことが、人間としての最大の貢献であり「徳」を積むということです。 私、カルマと言う言葉、あまり好きじゃないんですが、 結果的にあなたが前世で何かを犯していたとするなら、 今世の素晴らしい貢献が、光り輝き、来世生まれ変われば、もう今のような悩みごとは消え失せていると言うことです。 そして、また一段、レベルの高い人間的(魂的)向上の課題を 与えられるんじゃないでしょうか。 それが、仏から与えられた、転生輪廻の目的であり、 そうやって、仏に一歩でも二歩でも近づいていらっしゃい。と言うのが、 仏の願いなのです。

0

関係ないと思います。病気で苦しんでいた時に、世の中には自分と同じように苦しんでいる人がいるんだってことを悟る、学んだことで、経験値が増えたってことですね。

0

仏教の世界観で考えれば、「前世や家系の業が深いせいで、アナタが苦しむ」という説はデタラメです。 (スピリチュアル信仰で考えると、どうなのかは知りませんが) 仏教では「幸せ・不幸と判断するのは無明です」と言ってるし、病気に苦しむことに関しては「受け入れるべし」と説いてます。 また、禅宗では「無功徳。(功徳なんてないよ)」と言ってる。 すなわち、前世で良いことしても功徳ありませんし、それと同じく、前世で悪いことしても罰あたるとかしっぺ返しもありません。(そういうのには実体ないので) ということで、アナタがしんどいのは、前世や家系の業が深いせいではありません。 (スピリチュアルの信仰で考えると、どうなのかは知りませんが) それから、もしも前世とかカルマというのが存在すると仮定して、自分の行為を「業が深い・浅い」とか「悪い・良い」「不徳だ・徳だ」というのを、誰がどのような基準でどう判断するのか? そこを考えれば、その説の矛盾点に気づくことできると思います。

実は自分は以前、宗教に入信していまして(現在は退会してキッパリ縁を切った) そこの教えは前世で悪行を積むと今世不遇な人生を歩むと言うのです。 実際に自分の前世が何者かは分かりませんが、できれば前世で悪行を積んでいないことを祈りたいですね。