相対性理論についての質問です。(先ほど回答したものが削除されてしまったようなので、逆質問します)

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>> いやなら別のサイトにすれば? >> ということでしょうか? その通りです。 >> その論文が後に優れたものと分かった時、受理を拒否した人たちの質がそののち、問われるわけですから、お好きにどうぞということになります。 まさにそれが重要で、現代では有力な専門誌が数多くあるので、出版する側も競争にさらされています。そのため、価値の高い論文を数多く掲載したいと考えており、相対性理論が否定されるほどのインパクトのある科学的成果があれば引く手あまたとなるはずです。 つまり、多くの専門誌がしのぎを削る現代の科学界の構造上、「相対性理論を否定する意見は科学界から抹殺される」という事態にはなり得ません。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

期限が迫っているので終了します。

お礼日時:10/16 12:30

その他の回答(6件)

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もちろん 「相対性理論を否定する意見は科学界から抹殺される」 なんてことはあるわけはありません。 最近 「一般相対論を越える重力理論と宇宙論(SGCライブラリ170)」 というような本も出ましたし。 ただこの本でも示されていますが、相対論(この本で扱っているのは一般相対性理論のみですが)は (1)この部分についてはほぼ間違いないだろう (2)この部分については、まだ疑義がのこる と分けられます。 (1)について修正を加えようとする場合、多くは筆者の基本的な知識不足が見受けられ、査読で落とされることが多いと思われます。それでも勉強することなく同じようなことを言い続けると、学界からは抹消されなくても、変な人扱いされることはあります。 (2)についてのは学会で普通に議論されます。

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「そのことを知りたくて何度も投稿しています。」 とのことですが、投稿違反の一例として 「投稿内容が重複している」 項目が挙げられていますので、同じ内容で何度も投稿すれば削除されるでしょう。

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学会は仮に国の行政に例えると独立行政法人の様な物で。決して北朝鮮。又は中国の様に全てが首脳陣によってコントロールされた組織ではありません。アメリカのNASAも同様。

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その論文は、ある種の量子重力理論の仮説には超高エネルギー領域で真空中の光速が変化すると予言するモデルがあるが、変化量を決定するパラメータに対して、ガンマ線バーストの観測値を用いて制限を求めたものだ。 つまり、モデルが予言する変化が現れるとすれば、光のエネルギーが最低でもどのくらい高くないといけないかという下限に相当するものを求めた。 すなわち光速の変化を直接観測したのではなく、その観測では変化を検出できなかったから変化があるとすれば検出限界の外だ、ということを示した。 これは相対性理論の直接の批判的検証というものではない。量子重力理論の数ある仮説の中の一つの部分的検証だ。 どんな量子重力理論であっても、すでに存在する観測事実と整合的であると検証された相対性理論と無矛盾に整合しなければならない。 もちろん観測事実はエネルギーの範囲その他の制約があるから、その条件の下で、ということだ。 すなわち相対性理論もすでに観測された範囲以外では観測事実を説明できない可能性がある。例えばBH内部のような超絶高重力の世界や、宇宙の始原のような超絶高エネルギーの世界、極微の素粒子の世界などだ。 そのような世界では、相対性理論にも場の量子論にも発散する特異点が現れる。だが特異点は自然界に存在しないから理論の「適用限界」を示すものだ。 量子重力理論や素粒子の大統一理論や万物の理論の試みは、既存理論の適用限界外でも成立する拡張された理論でなければならないから、既存理論と矛盾してはならない。 だが適用限界外の世界は未だ観測が及ばない世界でもあるから、観測方法をより高度に発展させて既存理論から外れていく尻尾を捕まえようとしている。そうしなければ、「観測事実がない理論的可能性を追い求める」だけで終わってしまうからだ。 ゆえに新理論の仮説の検証としては、観測可能な現代技術の工夫により仮説と既存理論との適合性を検証すること、および、宇宙や素粒子の世界の新しい現象を発見して仮説と既存理論をテストすること、があげられる。 新理論といってもまだ全体の骨格さえ定まらない、「部分的仮説の連なり」でしかないから、部分部分を根気よく検証し、観測事実を積み上げていかなければ、実証された理論は作り上げられない。 質問者さんがあげた論文は数あるそのような試みの一つであり、「否定する意見」とかないい加減なものではない。 そもそも上記のような物理学の方法論を知っていれば、マスコミが垂れ流すような「相対性理論は間違っていた」なんてな言い草は、良く言っても文学的な修辞でしかないことがわかるはずだ。 すべての物理法則にも物理原理にも「適用限界」がある。すべての数値は「条件付確率の信頼度」の範囲内でしか用いられない。その信頼度でさえ厳密な論理と数値で示され、それが示されないものは実証とはみなされない。 ゆえに巷で喧伝される「相対性理論を否定する意見」とかは、絶対教条主義の宗教文化的な文言でしかなく、科学者が語る言葉の内容とは異なるものだ。 科学は禅問答のようなものではない、ということだ。 ちなみに査読付き論文投稿を査読者が拒否するのは、論文が非論理的であったり、事実が捏造されていたり、明白な誤りがあって修正できなかったりなど、訓練された科学者である査読者が「科学になっていない」と認めたものや、査読者や査読者が協力を求めた科学者が重要性を理解できなかったりした時だ(専門雑誌は無制限に論文掲載はできないから重要性の高いものから掲載される。ゆえに査読者はその世界で認められた人物でなければならない。査読者の質が雑誌の質を決める。)。 科学ではないものを科学に持ち込もうとしても、科学者は単にそれを採用しない。 ただそういう単純な事実があるだけなので、「抹殺」云々は非科学や反科学を持ち込もうとした人物が認められないことを恨んだ挙句の誹謗中傷でしかない。 だが世界は広いから、科学が政治や宗教に「社会的」に支配され、特定の科学分野や科学者だけが採用されて、ソンタクしない科学者は「抹殺」されることも頻繁に起こっている。だがそれは、科学が為していることではないことは明々白々なことだ。

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もちろん、そんなことはある訳ないです。 百歩譲って、以下のようなことはあるかもしれません。 「学会に大きな力を持つA教授が、自分独自のA理論を発表した。A教授は、己の権威と名誉を守るために、A理論を否定する意見を抹殺した。」 (空想の話です。こんなことはないと私は信じています。) このように自分の理論を守るために何かをすることはあるかも知れませんが、100年以上昔に発表された他人の理論を守るメリットは何もありません。一方で、相対性理論を否定する新理論が出来れば、歴史に名前が残ります。本当にそんな理論がありそうだと分かったら、逆に多くの科学者はそれに飛びつくでしょう。発案者でなくても、その理論を追試する実験をしたり、方程式の解を求めるだけでも名前は残ります。 実際は、こういうことだと思います。そんな風に歴史に名前を残したいと思っている素人さんが、我も我もと相対性理論を否定してきています。科学の基礎も分かっていない素人さんなので、まともに反論するのも時間の無駄であり、ほとんどの場合、相手にされずに無視されます。そんな素人さんが「せっかく素晴らしい理論を考えたのに、無視するというのは抹殺に等しい」と逆恨みして、そういう話をしているのだと思います。

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