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明治天皇は皇后との間に子はなく、多数の側室との間で15人もの親王・内親王をもうけました。

日本史 | 日本語757閲覧

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回答(7件)

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>皇后は、どれほど屈辱的な思いで毎日過ごしていたか、同情したくなるのですが… はい、まずは、これが誤りでしょう。 現在での、あなたの感覚ですべてを決めてはいけません。 側室の問題に限らず、何においても同じですよ。 日本で一夫一婦制が確立=法定(民法)されたのが明治になってからというのは、あなたも知っているかと思います。 しかし、天皇・皇族は民法の婚姻に関する規定は対象外です。 明治天皇の御后が夫(天皇)が側室を持つということは承知の上で結婚しているはずです。もっとも、それでも人間として女性として何らかの嫌な感情を持ったかも知れませんが、あなたが勝手に『どれほど屈辱的な思いで』と言ってしまうのは違和感しか持ちえませんね。

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明治の頃、天皇は人にあらず、で神様でしたから。「富裕な男性」などという一般人と一緒ではありません。 人権感覚なんてものも全く無い時代ですから もちろん天皇や皇后にも人権が無く、昨今のように「お気持ち」が広く知らされることもなく、そもそも側室が何人いるかなんて国民には関係のない話で、お世継ぎが生まれなかったらそっちのほうが大問題だったでしょう。 皇后が産めないなら側室に産ませるのは当たり前。その側室だって天皇が自分で好みの女性を探してこれるわけでもなく、ほぼほぼ親戚の女性たちでしたし。 まあ、妻というものを子産みマシーン扱いするあたりは今でも変わってない気がします。むしろ現代のほうが皇室が国民にさらされ放題なだけに、下々の者にまで何でもかんでもギャンギャン言われ、子ができにくい皇后は辛かっただろうと思います。

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江戸時代の後水野尾天皇は遊郭に頻繁に出入りし遊女を宮中に出入りさせるなどとんでもない天皇もいたくらい歴代の天皇というのはスケベーばかりで皇后や側室だけでなく多くの女御をかかえ、ハーレムの中で性欲にまかせてやりたい放題やっていたのです。しかし明治憲法下の天皇は神聖不可侵、批判的なこと言おうものなら不敬罪でブタ箱行きなので問題があっても問題にすること自体不可能だったのです。とはいうものの源氏物語の源氏の心変わりなどに対する皇女の嫉妬など見てもわかるように皇后も人間なので嫉妬もあったに違いないです。

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国民はともかく、欧米からは奇異の目で見られていました。 欧米では王に愛人がいても、それは副夫人ではなく、公認の不倫相手という位置付けです。 明治天皇のように正室の他に副夫人が何人もいて、副夫人腹の子供に王位継承権があるというのは、欧米では「アラブの土侯のようなものだ。やはり日本は文明国ではない。」と見られていました。 それだけならよいのですが「野蛮国相手だから不平等条約は必要悪」という国際世論になってしまって、条約改正を悲願とする明治政府にとっては天皇に足を引っ張られる思いでした。 艷福家の伊藤博文ですら天皇の側室には反対していました。

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妻妾同居の妾と、側室は違いますからね。 正妻は皇后や姫だけですが、側室も正式な連れ合いなのですよ。 >富裕な男性が愛人を 違いますよ。富裕な男性は別に世継ぎを残すために妾を持ってるわけじゃないですから。 希に庶子を養子にいれたり、跡継ぎにすることはあっても、側室とは目的がまったく違います。 >皇后は、どれほど屈辱的な思いで毎日過ごしていた 昭憲皇后は江戸時代の生まれで、当時の女性は商家の嫁だって子育てしなかったって時代ですから、それが当たり前なんですよ。 >国民の間で問題にならなかったのでしょうか。 問題もなにも、敗戦になるまで、皇室の中のことなんか、特に奥は、まったく国民には明らかにされていないんですから。 (天皇の肉声さえ国民は聞いたことがないのですよ、敗戦までは) そもそも、国民も江戸時代人であって、明治生まれも似たようなもんです。

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