幕末についての質問です。

補足

訂正します。 大政奉還して王政復古の大号令でした。 幕府は内戦で疲れ果てた日本を植民地にされるのを心配して、戦を避けるために大政奉還したのだと思ってました。違いますか?

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ベストアンサー

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幕府は海外(主にイギリスやアメリカ、オランダ)などの勢力を意識して大政奉還したわけではなかったのですね。内戦で疲れ果てた日本を植民地にされるのを防ぎたかったと思ってました。新選組なんかはそのときに進軍に加わったとそういうことなんですね。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん、ありがとうございました!みなさんと幕末について色々おなしすることができてよかったです!親切に色々教えていただきありがとうございました!歴史のことを語らうことはとても楽しいですね。また会いましょう!

お礼日時:10/18 21:55

その他の回答(4件)

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前あったものを 壊さないままにしておいたら、「前の方が良かったから、前のを使おう。」ということになるから。 新しいものを造る前に 前のものを壊しておいたら、「前の方が良かったけれど、もうどうしようもない。あきらめよう。」ということになるから。

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正確には 大政奉還をして→朝廷が王政復古の大号令 となっています 王政復古の大号令後 鳥羽・伏見の戦いを起こした旧幕府軍は 新たな政治に徳川慶喜を参加させなかった ためです

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>王政復古の大号令で大政奉還したのに それ違います、大政奉還は慶応三年10月14日で王政復古はその二ヶ月後の12月9日なので大政奉還が先です。 薩長新政府は徳川を徹底的に排除するために幕府を挑発して戦争を始めたのです。

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慶喜は弁舌さわやかで新政府議長に就任すれば、再び政権を手中に収める事を懸念されました。 大政奉還は倒幕を避ける為の方便と見られました。 武力で討伐しなければ息を吹き返しかねないからです。 その場合思いきった改革は不可能でしょう。

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