外国文学を我々日本人が読む意味ってなんなのでしょうか。

文学、古典 | 読書149閲覧

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ああなんとなく分かるような。 しかしそういう感覚を私はもう忘れてしまったかもしれないなと質問を見て思いました。 翻訳の妙ってありますよね。 これって全くの例えなんですが なぜ翻訳家になったのですかと翻訳家が聞かれてて、 “多くの人に素晴らしい海外作品を知って欲しかったから”と言っているのを知った時の違和感に似てるかもって感じました。 それが如何に正直なところだとしても、 もっともっと、そことは異なる遠い場所に何か理由となりそうなものがありそうじゃないですか。

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散文だったら一部の例外を除いて翻訳の問題はほとんど問題にはならない。主人公の怒りや悲しみはどの言葉で書いてもそれと通じる。世界は広く、従って自分が本当に読みたい文学もそこにはある。 それと日本文学の特徴として、表面的なリアリズムに走って,そこに小説本来の虚構性,ひいては作者の思想性が欠如している傾向がある。これは日本社会が全体主義によって成り立っているからだが、したがって人物造型も極めて幼稚となる傾向がある。

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>外国文学を我々日本人が読む意味ってなんなのでしょうか。 読みたいから。 少なくとも私は日本文学の一部にしか関心を持たないので、さらに外国文学で関心を持てるものを読んでいます。ただそれだけです。 翻訳やら原文やらとは関係ありません。翻訳があれば早く読めるので利用します。原文でしか味わえないものなら原書併用で読みます。 全く不自然とは感じませんし不思議でもありません。

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そもそも文学を民族や国家で分けることに意味はないのではないかと思います 言語の違いはあるにしても、翻訳されたものは翻訳文学として読めばよいので、やはり文学として享受することに違いはないと私は思います

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大学受験で英語の勉強を頑張ったんで (駿台模試で偏差値75くらい) イギリス映画を映画館に見に行って 字幕を読む必要がなくなった。 それで調子に乗って 英語の小説(ハリーポッターの最初のやつ)を買って読もうとしたら 全く読めなかった。 手も足も出ませんでした 自分が英語の小説を味わって読めるようになるのは 相当に難しいです 人気作家の小説は他の言語に翻訳してもそれなりに売れて 採算が取れるので 何か国語かに翻訳されて出版されます 翻訳者が複数いる作品は 読み比べてみると 小説の味わいが結構違いますから 翻訳者の個性が翻訳作品に影響を 与えているのは確かです 世界中に優れた小説家がたくさんいて 素晴らしい小説がたくさんあるから その言語を勉強しないで 翻訳者まかせて小説を読むという選択肢はあるのではないでしょうか 読みたい人が読むってことで いいんじゃないでしょうか 例えばおいしいラーメンが食べたい 有名店を回って気に入ったものがないから 自分で作るってのもあるし それなりに満足できるから 気に入った店で食べるのもあるし そもそもラーメンなんて体に悪そうだし 食べないってのもある 世界は意味があるわけじゃないものであふれているよ。

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