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2021/10/22 13:13

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なぜ第二次大戦時、旧日本軍の銃器は米国に遅れを取っていたのでしょうか?

回答(11件)

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明治維新後急速に工業化しましたけど、長年工業国としてやってきた国との差はとんでもなく大きかったのです。 また当時の日本は技術大国でもありませんでした。(というか米が怪物なだけw) そんでもって当時はボルトアクションが世界的にも主流でした。 米軍ですら開戦時にはボルトアクションを使っていましたし、工業力にモノを言わせた半自動式のM1ライフルやM1カービンの登場は戦争の途中からです。 確かに世界を見ればソ連のSVT40やドイツのGew43の様な半自動は存在しますが、配備数からすればモシンナガンやKar98kが圧倒しています。 またサブマシンガンがあまり配備されなかった理由としては ①弾薬消費量が増大する ②サブマシンガンの使いどころをイマイチ理解していなかった あたりが理由かと思われます。 また全部がダメかというとそんなこともなく、96式軽機関銃、99式軽機関銃は米軍が使っていたBARよりも遥かに優秀な機関銃ですし、38式や99式小銃も当時のボルトアクションとしたら超平均的な銃だったりします。

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物の生産というのは同じ材質、寸法精度で作った部品で同じ工程で組み立てて、いくつ作っても同じ性能であることが必要です。そのためには精度のいい加工機が必要です。日本は金がなく、そういった部分の開発、投資が非常に遅れていました。連続で加工できる自動機もなく、旋盤やフライスで1個ずつ手動操作で切削、仕上げ工程の多くを人力に頼り、生産性が低く、精度や強度のばらつきが大きかったのです。航空機も同様で、油圧ポンプや配管に使うシール材の技術も遅れていました。いくら設計がよくても、適切な材料と効率のいい生産設備がなければどうにもなりません。また、技術大国と呼ばれるようになったのはずっと後のことで、昭和40年代くらいまでは米国の下請扱いでした。今一つは思想です。日本人は労働者を鍛え上げ、個人の能力を高くして生産性を上げようとしますが、米国では一定の能力水準を何段階も決めて、それぞれの能力に見合ったレベルの作業がミスなくできるようにします。生産全体をを数値で管理することも当時から徹底していました。現在の自動車メーカーの生産や品質の管理手法は元々米国をお手本にしたものなのです。当時は銃器だけでなく、軍の装備すべてが他国に後れをとっていました。荷車を引いて行軍し、戦場で飯を炊いて食うような軍隊に迅速な行動ができると思いますか? 92式重機関銃は銃架を含めると50㌔もあり、装弾は30発単位。保全工具セットは40㌔。いくら命中精度に優れてても戦場での軽快な運用は考慮されていません。マウザーM42やブローニングM1919と比べてみてください。

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簡単に言うと、連発銃や機関銃の開発は進んでいたんです。 しかし、日本は物力が無かったために多くの弾薬を作ることが出来なかったんです。 だから、効率よく叩ける特攻兵器ばかり開発していたんです。 兵同士の戦いには期待していなかったんですよ。

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トンプソン他 ドイツのベルクマンなどを 大正末から昭和の初期に掛けて参考に 研究もして 試作も済ませてます。 そして 自動火器の不足と 市街地警備の任務に便利だと 上海の陸戦隊では それなりの数の ベルクマン機関短銃を輸入して 昭和の初めから装備してました。 日中戦争時にも 中国軍から鹵獲した物を使ってますが、広大な大陸の戦場では 豆鉄砲の使い途は余りなかったです。 だから パラシュート部隊に持たせる為に 100式機関短銃を開発して 見通しの悪い ジャングルでの戦闘には使えると 一定数が生産されましたが、大半は 南方に輸送する船もろとも 海没してしまいました。

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「トンプソンのような優れた連射ができる短機関銃」> ハリウッド映画やなんかでは威力が過大に描写されること多いトンプソンですが、威力の弱い.45ACP拳銃弾をオープンボルトで連射する短機関銃は、有効射程が50mくらいしかなく、市街戦や、ジャングルでの遭遇戦などの限定的な用途でしか使えません。 (ボニーアンドクライドのような1930年代のギャグでさえ、「トンプソンじゃ重くてかさばるわりに威力が弱すぎる」ということで前後を切り詰めたBAR=ブローニング・オートマチックライフルM1918や、ブローニング自動散弾銃を使っていたくらいです) トンプソンの.45ACP弾の威力は500ジュール内外、これに対してBARで使われるのはフルロードの軍用ライフル弾30-06スプリングフィールド弾ですので3800ジュールもあります。 あと、軽機関銃の配備状況では米国軍よりも日本軍のほうがマトモな状況だったと思います。 日本軍は 九六式軽機関銃(使用弾薬 三八式実包:2613ジュール) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%85%AD%E5%BC%8F%E8%BB%BD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E9%8A%83 九九式軽機関銃(使用弾薬 九九式普通実包:3144ジュール) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E4%B9%9D%E5%BC%8F%E8%BB%BD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E9%8A%83 といったマトモな軽機関銃が配備されていましたが、米軍は前述のBARとブローニングM1917水冷重機関銃を空冷化して多少軽量化したM1919中機関銃(重量は14kg以上)しかありませんでした。 BARはもともと第一次大戦におけるマーチングファイアという戦術のために開発された銃器ですので、装弾数もたった20発で、なによりも加熱した銃身を交換することができませんので、ZB26のような本格的な軽機関銃にくらべると、連続発射能力に欠けますし、M1919もその重量から機敏に運用するのは難しい兵器です。 マーチングファイア https://www.asianprofile.wiki/wiki/Marching_fire というわけで「遅れを取っていた」というよりも単に「用兵思想の違いによるもの」と思われます。

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